『魔王』から半世紀、日本はこんな国になっていた──

小説・エッセイ

公開日:2012/9/2

モダンタイムス〈上〉

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 講談社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:伊坂幸太郎 価格:486円

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大著、と言っていい。電子書籍には何ページという概念がないので説明しにくいのだが、.book形式で上巻163KB・下巻207KB……うーん、ピンと来ないな。文庫版では上下巻合わせて800ページというボリュームである。ところが、それほどの長さなのに、読み始めたら止まらない。著者持ち前のテンポの良さと軽妙な文体に引き込まれ、むしろ終わるのが惜しいくらいだ。

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主人公は29歳のSE、渡辺拓海。浮気を疑う妻・佳代子が差し向けた拷問請負男に狙われている以外は普通の青年だ。ある日、会社の先輩・五反田がいきなり失踪してしまう。代理として拓海がクライアント先に出向くが、そこのプログラムには何やら不穏な気配が。どうもユーザーのネット検索が何者かに監視されているような……。

伊坂幸太郎の魅力のひとつはそのストーリーテリングで、いっそ清々しいほどに「状況説明」がない。それなのに状況が自然と読者に伝わるのには驚かされる。たとえば本書の舞台は21世紀半ばの近未来。しかし登場人物にとってはそれが現在なわけだから、過去の人間に向かって説明する謂れなどないわけだ。それを実にさりげなく流れの中で、これが未来であることとどういう時代であるかが読者に伝わるように描いている。

この手法の巧さは全編に渡っていて、当意即妙の会話やトボけたユーモア、飄々としたキャラクター、スットンキョーな展開、思わず「巧い!」とメモっておきたくなるような箴言を楽しみながら読んでいくうちに、ネットを通じた監視社会の恐ろしさがじわじわと心に溜まっていく。近未来が舞台であることをいつの間にか納得していたのと同じように、監視社会の怖さや得体の知れなさがいつの間にか体を取り囲んでいるのだ。だから登場人物の「戦い」に感情移入し、真相に驚き、快哉を叫ぶ。

『魔王』とのリンクも興味深い。『魔王』を未読でも本書を楽しむことはもちろんできるが、ここはぜひセットで読んでいただきたい。『魔王』の中に、「おまえ達がやっているのは検索で、思索ではない」という名台詞がある。それから半世紀後が舞台の本書では、わからなければ検索、というのが常識になっていることに注意。ここに、この世界を読み解く鍵がある。国家や社会というものに対して一市民には何ができるのか、一連の伊坂作品はそこに行き着く。トボけたユーモアと軽妙な文体にくるまれた鋭い針を堪能されたい。

ところで、これほどのボリュームの小説をかさばらず重くもなく持ち歩けたり収納できたりするのが電子書籍のいいところ(しかも価格も少し下がる)なんだが、なぜ電子書籍でも上下巻に分かれているのだろう? 技術的な問題なのだろうとは思うが、このあたりのフレキシビリティを今後の開発に期待したい。だって全文検索しようにも、分冊されてると半分しかカバーできないもの。


伊坂幸太郎の特徴は最初の1文! 今回も「おっ」と思うこと請け合い。気に入ったフレーズにマーカーを引けば、自動で「名台詞一覧」が完成するよ

下巻にはあとがきと文庫版のあとがきも収録。本書は文庫版がベースです