ジョーズは極めて特殊なサメ!? サメが生きた化石ってホントなの?

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公開日:2021/7/11

寝てもサメても 深層サメ学
『寝てもサメても 深層サメ学』(佐藤圭一、冨田武照/産業編集センター)

 書籍のタイトル『寝てもサメても 深層サメ学』(佐藤圭一、冨田武照/産業編集センター)を見て、“サメのイメージを決定づけたものといえばスティーブン・スピルバーグ監督の映画『ジョーズ』だろう”などと陳腐な枕を考えていたら第1章で「ジョーズはサメの変わり者?」なんて疑問符が付けられていてギャフンとなった。ならば、“サメは数億年前から現代まで同じ姿をとどめる「生きている化石」”という薀蓄を垂れようと思ったら、これまた本書では「本当か?」なんて話が載っており、ズコーッとコケた。

昨今、「サメ図鑑」や「サメの物知り本」などが多く出版されているが、沖縄美ら島財団総合研究センターに勤務する二人の著者が手掛けた本書は「サメを研究する」ことに焦点を当てている。だからといって難しい専門書というわけではなく、面白く分かりやすい。一方、サメの生態についてはいまだ謎が多いため、ズバッと正誤を回答する内容ではない。それを物足りなく思う読者もいるかもしれないが、水族館の役割の一つがそうであるように、“研究の現場に立ち会っている興奮を体験できる”のが本書の魅力だ。

サメに関する豆知識の元ネタを探せ!

 2020年11月現在、サメは世界で553種とされている。ところがサメの種類は日々変化しているそうで、博物館で長年名前も与えられず保管されていた標本が、より多くのものと比較して論文が発表され新種と認められたかと思えば、同一種に2つ以上の名前が与えられていることが判明して種数が減少するなんてこともあるという。サメの過半数が深海性のため、生きた状態を観察することが難しいのと、一般に他の魚類と較べて体が大きいため、国をまたいで標本を輸送するのも難しく、新種を発見して発表にこぎつけるまでに数年を要するのだとか。

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 そんなサメの中でも、ジョーズで知られるホホジロザメは「極めて特殊なサメ」とのことで、大型の哺乳類を捕食するのも、数mを超える巨体が海面からジャンプするのも、ごく一部のサメ類にしか見られない能力だそうだ。また、サメが生きた化石と言われるようになったのは約3億6000万年前の化石群の中に、「クラドセラケ」と名付けられた現在のサメを連想させる姿の化石があったからなのだが、さらにさかのぼる約4億900万年前の化石群から発見されたサメには現在のサメが持っていない、大きな棘が胸鰭(むなびれ)から生えていたという。そのため近年では、これらの動物をサメではなく「サメ様軟骨魚類」と呼ぶことを主張している研究者もいるのだとか。

サメ自体を観察するだけでは分からなかった泳ぎの謎

 私たちが日常で使う多くの道具が単なる見た目だけではなく、機能的に考えられたデザインであるように、生物のデザインにも機能的意味を見出す「機能形態学」という分野があるそうで、サメの尾鰭は研究者を80年以上も悩ませているらしい。ホホジロザメなどに見られる三日月形やブーメラン型の上下対称の尾鰭は高速で泳ぎ続けるのに適しており、物理学的な観点からも少ない動きで大きな推進力が得られることが分かっている。

 しかし先述したように、ホホジロザメは特殊な部類。むしろ「その他大勢」のサメたちの尾鰭は、上が長く下が短い非対称となっていて、死んだサメの尾を水中で振る実験では水をまっすぐ後方に押し出すことができないと結論付けられた。しかしそれでは、現にまっすぐ泳いでいる謎が解けない。ようやく2000年代に入ってハーバード大学のジョージ・ラウダー(George Lauder)教授らが、尾鰭そのものを観察するのではなく、微粒子の舞う水の中で小型のサメを泳がせて、尾鰭の後ろに発生する水流を観察するという逆転の発想により、後方下向きに押す力が働くことが確認された。となると胸鰭などを使って姿勢を矯正してバランスを取ってまっすぐ泳いでいると考えられるわけだが、どうして多くのサメが「不便そうな」尾鰭を採用しているのかという問題が浮上する。サメの泳ぎの謎は、まだまだ遠いところにある様子。

サメの生まれ方は多種多様

 一般的に動物は近似種なら同じ繁殖様式のようなのに、サメは受精卵を体外に産卵する「卵生」と、母体から直接仔ザメを海水中に出産する「胎生」とその類似の「卵胎生」に大別されるそうだ。ただし、研究が進むにつれて胎生と卵胎生を明確に分けて定義するのは困難とのことで、繁殖に関する章はサメ独特の不思議な生態と相まって、まるで地球外生物の本を読んでいるような感覚になった。

 たとえば胎生のサメの中には、胎仔が子宮内で未受精の卵を摂取する「卵食・共食い型胎生」のものがいて、またまたホホジロザメの登場となるが、卵食する前の妊娠の初期には子宮内で「授乳」していることが分かってきたという。ジョーズは、やっぱりサメの中でも特殊なのかと驚いてしまう。

 排尿器官が未発達で死んでも腐りにくいサメは、昔の日本で保存食として内陸に住む人々のタンパク源となっていたり、縄文時代にはサメの歯が装飾品として使われたりしたうえサメの歯を模して加工された貝や石が発掘されているというから、身近なような遠いような、なんともソーシャルディスタンス(社会的距離)の掴みにくい、不思議な存在である。

文=清水銀嶺

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