「愛される仕事」をしたい人は必見。マーケティングでひもとく「嵐」の凄みとは?

ビジネス

公開日:2021/7/13

「嵐」に学ぶマーケティングの本質
『「嵐」に学ぶマーケティングの本質』(射場瞬/日経BP)

 嵐というグループは、ファンクラブに入るコアなファンも桁違いに多いが、国を挙げたイベントの顔としても長年受け入れられてきた国民的な存在だ。しかし、彼らに興味がなくても、なぜ嵐というグループが未曽有の規模で売れ続けているのか、その背景に思いを巡らせた経験がある人は少なくないだろう。

『「嵐」に学ぶマーケティングの本質』(射場瞬/日経BP)は、嵐の成功を「売る力」でひもとき、その事例からマーケティングの基本概念や最新理論を解説する1冊だ。著者は、グローバル企業のアメリカ本社や日本のナショナルブランドのマーケターとして働いてきた、IBAカンパニー代表の射場瞬氏。ファンクラブ歴は14年で、2007年からコンサートに通い続けている、熱心な嵐ファンでもある。マーケティングの専門家の立場としても心を動かされる嵐の活動を通して、実践に役立つ知恵を伝えたいという思いから本書を執筆した著者。冒頭で「本書は、著者の観察と分析をベースに書いたマーケティングの書籍であり、ジャニーズ事務所に許可をいただいて執筆したオフィシャル本ではないことをご理解いただきたい」と前置きした上で、嵐に関する事実や記述を正しく伝えるよう、できる限りの事実確認に努めたと述べている。

 著者は、10年以上もトップアイドルの座に君臨し、活動休止を発表してからの2年間もファンとの絆を強めた嵐の姿からは、マーケティングの本質や、最新のマーケティング理論の実践について学べると言う。たとえば、「顧客志向と顧客インサイトの理解」や、「ファンとの横の(対等な)つながり」がそれにあたる。嵐の5人はブランドの当事者として「嵐とは何か?」に向き合い、「5人で嵐、そしてファンが6人目の嵐」というブランドを定め、21年貫いた。ファンと一緒に新しい景色を見るため絶えず挑戦を続け、ファンとの接点を重視し、その声をコンサートをはじめとした活動に反映してきた嵐。その軌跡を改めてマーケティングの目線で振り返ると、嵐の凄みに圧倒される。

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 たとえば、マーケティング理論で顧客との関係を深める上で重要な価値のひとつに、体験から生まれる「経験価値」があるという。嵐のコンサートグッズとして定番のペンライトは、自動制御システムによってライトが舞台演出の中に組み込まれるなど進化してきた。自分がコンサートの演出の一部となる感動が、ペンライトの経験価値を生む。またペンライトを、MCをしているメンバーの色に手動で変えるなどして主体的にコンサートに関わることで、受け手がどんな文脈(状況や気持ちなど)で使ったかによって変化する「文脈価値」もアップするという。

 近年、マーケティングの分野で注目度が上がっている「ストーリーテリング」も嵐の得意とするところだ。受け手の心に響くストーリーは、記憶に残り人が奮い立つなど、気持ちに関わる活動を促す。さらに、笑いや感涙など受け手の気持ちが動くエピソードを盛り込んだり、複数の視点から同じメッセージを語ったりすることで、よりブランドは強力になるという。「5人で嵐+6人目の嵐」という嵐のブランドメッセージが、個性あふれる5人それぞれの語り口や、歌詞、映像や写真など、さまざまな方法で繰り返しファンに発信されたことで、嵐というブランドは強固になったと著者は語る。

 本書は、嵐の歴史上では新しい取り組みであるデジタル活用についても触れている。デジタル導入のステップや、デジタルマーケティングにありがちなデータ偏重に陥らず、ファンに寄り添ったコンテンツをメディアに応じて作り変えたことなど、どれも秀逸なマーケティング手法だという。「無期限活動休止」という、一見ネガティブにも映りそうなメッセージをどう発信するのか、またコロナ禍というブランドの危機における決断など、マーケティング上の苦境の乗り越え方からも学びが得られる。マーケティングの本質を見失いつつあるマーケターの背中を押す内容だが、マーケティング概念の解説も盛り込まれているため、専門外の読者にもわかりやすい。物を売る仕事をしている人や、日ごろ仕事で「伝え方」に悩んでいる人、周りからの信頼を得たい人、さらにはマーケティングに興味を持つ学生にも読みやすい内容だ。

 コアな嵐ファンであろう著者の謙虚な姿勢も良い。ファンにはおなじみの事実も当然知っているものと突き放さずに、嵐に詳しくない人でも理解が進むよう解説されている。マーケティング経験者からすると多少強引に感じる理論もあるかもしれないが、丁寧に調べられた事実と、マーケターである著者の実感を切り離して書かれているところに誠意を感じる。嵐への個人的な愛情から生まれる憶測を盛り込まず、あくまで基本的なマーケティング理論やマーケター目線でその現象を伝えている点が、嵐ファンの読み手にとっては特に新鮮に映るだろう。

 客観的な視点にこだわり抜いた冷静な書きぶりが、ファンファーストを貫いた嵐のパワーをより際立たせる。嵐を詳しく知らない人でも楽しめる1冊だが、嵐ファンならば「こんなに嵐が自分たちを思ってくれていたんだ」ということを改めて実感し、深い喜びに浸れるのではないだろうか。

文=川辺美希

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