「没イチ」──それは配偶者と死別した人のこと。もしも最愛の人と、突然の別れを迎えてしまったら……?

マンガ

公開日:2021/7/13

没イチ(1)
『没イチ(1)』(きらたかし、小谷みどり:企画協力/講談社)

 ことわざにも「一寸先は闇」とあるように、何が起こるか分からないのが人の世というもの。特に新型コロナウイルスが蔓延してからは、その傾向が一段と強まった感がある。だからこそ、一度は「自分の一番身近な人が亡くなってしまったら……?」ということを考える必要があるのではないか。『没イチ(1)』(きらたかし、小谷みどり:企画協力/講談社)は、最愛の妻が急死してしまい、漠然とした不安を抱えて生きる主人公の姿を描いたコミックである。

 まず「没イチ」という言葉だが、これは「配偶者と死別してしまった人」を指す。本作の主人公である白鳥学(45歳)は朝目覚めると、隣で寝ていた妻の愛が死亡しているという事態に直面する。慌てて救急に連絡するも、やはり妻は亡くなっており、学は警察への対応や関係者への連絡で忙殺される。死因は不明であり、こうして学は「没イチ」となってしまったのだ。

 妻を失って半年経った学は友人の地丹田猛に連れられ、婚活パーティに参加することに。そこで彼は自分と同じくパートナーを亡くした女性・百瀬美子と出会う。4年前に夫を亡くしたという美子は、学の抱えるさまざまな問題に対し、親身になって対応してくれる。そして学が居住しているマンションの引っ越しを考えていると聞くと、美子は「じゃあウチに住みます?」と突然の提案をするのだった。

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 もちろんそれは「結婚を前提としたお付き合い」というワケではない。実は美子の住んでいるところは「シェアハウス」で、彼女の他に3人の住人がいるのだ。美子に誘われるまま、シェアハウスを見学に行く学。そこに住む若者たちと交流し、自由な空気を感じた彼は、思い切ってシェアハウスの住人となることを決意するのだった。

 本作は「没イチ」となった学の日常を描いているが、やはり最愛のパートナーを失った喪失感と向き合うシーンも数多い。例えば学が美子に「妻が死んでから一度も泣いてない」と打ち明ける場面。美子は「悲嘆のプロセス」の中の、精神的打撃と麻痺状態であると指摘する。彼女もまた、夫が亡くなったあと自身のコントロールが利かなくなり、「過食症」となった経験があったのだ。本作の企画協力である小谷みどり氏も「没イチ」であり、リアルな「喪失感」を漫画に反映させているのである。

 漫画の中で学が妻のお気に入りの品を売却したが、そのお金を使えなかったというシーンがある。これは私にも少し分かる気がする。私の場合、母親が他界して5年になるが、もうずっと昔に母親から送られてきた仕送りが出てきたことがあった。臨時収入気分だったが、いざ使おうとするとなぜか使えないのだ。お金ではあるが、それはもう「遺品」と同じで、使ってしまったら何かを失ってしまうような気がしたからかもしれない。人の死は、近しい人たちに決して小さくない衝撃を残すが、生きていく限りは乗り越えなければならない。「没イチ」白鳥学がいかに妻の死を克服していくのか、それは読者にとっても他人事ではないのかもしれないのだ。

文=木谷誠

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