煙のように消えてしまった謎の美女「あさこ」。彼女への未だ燻る慕情を描くノスタルジック・ラブストーリー

マンガ

公開日:2021/7/16

あさこ
『あさこ』(よしだもろへ/秋田書店)

 平成8年、夏。田舎の民宿の子、11歳の青島将司(あおしままさし)は、宿泊客で素性不明の美女・あさこと出会う。

 よしだもろへの最新作『あさこ』(秋田書店)の3巻が発売した。ちなみに本作も、京都伏見を描いた「いなり、こんこん、恋いろは。」(KADOKAWA)と同じく、よしだ氏の出身地でもある京都が舞台だ。

 将司はあさこの宿泊している部屋で、履歴書を見つける。彼女は言う「あたしの履歴書を埋めて。過去、現在…隅々まで調べ上げて全部書いて」「カラッポの履歴書を埋めてくれたら…あたしがキミをオトナにしてあげる」と。

 それは単なる冗談か、それとも「自分を知ってほしい」という誘惑か。いずれにしろ彼女のくわえるタバコの煙の中で、少年の中に何かが芽生える。

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タバコの煙のように掴めない大人の女性に、抱いた幼い恋心

 令和元年、8月。34歳の大人になっていた将司は、実家へ帰るたびに思い出すことがあった。

 それは平成8年、自分の家の民宿に連泊するようになった女性のこと。最初に教えてくれたのは「あさこ」という名前だ。気弱な性格でいじめられっ子だった将司は、同級生から彼女の裸の写真を撮ってこいと命令された。

 彼女が風呂に入っているときに盗撮しようとしたが失敗し、裸のあさこと真正面から向き合った将司は「お母さんに言わないで」と涙を浮かべ謝罪する。彼女は一瞬ですべてを察し「やれって言われたの」「あたしが一緒に入ろうって誘ったことにすればいいよ」と言い湯船へ一緒につからせた……。

 将司は「おねえさんは男と一緒にはだかでおふろなんて恥ずかしくないの」と言い、まともに顔も見られない。あさこは彼の裸を見て「子どもにドキドキなんてしない…いや、前言撤回、大人顔負けかも」と笑う。

 のぼせてしまった将司は、あさこの部屋で休む。そのときから冒頭に書いたように、あさこのことを調べて履歴書を埋めるゲームを始めた。距離が縮まっていく2人。

 将司は彼女の裸が頭から離れないし「あさこって呼んでみて」と言われて抱きしめられ、“反応”してしまう。まだ性的な意識はないし、意味も分かっていないのだが。浴衣姿、ちらっと見えた下着、タバコと石鹼の混じった彼女の香りなどに、たびたび興奮を覚えるようになっていく。なお将司は呼び捨てにはできず“あさねえ”と呼ぶようになる。

 3巻時点であさこは将司の回想、平成だった過去にしか登場せず、彼女の心情はほとんど描かれていない。ただ物語は少しずつあさこを語っていく。

 ある日、旅館に「彼女は東京で人を殺しています」と電話があり“事件”が起きる。また将司とあさこは、彼をいじめていた子どもとは比べ物にならない無垢な悪意をもった筧美希(かけいみき)や、虐待を受けている将司の同級生・天野優花子(あまのゆかこ)などとふれあう。

 これらの出来事を通して将司はあさこを知ってゆく。しかし結局掴むことはできない。それは彼女自身がくゆらせるタバコの煙、あるいは夏の陽炎のように。

大人になった少年の消えない想いとは

 令和元年の将司は実家に戻った折、台帳で彼女の名前や住所などを見つける。しかしそれが本当である証拠はない。家族もあさこを覚えており「東京に戻ってからほどなくして死んだと聞いた」と言うが、その真偽も分からない。

 将司は部屋で、子どもの頃に集めていたBB弾と、ビリビリに破いて貼りなおしたあの履歴書を見つける……。

 地元でタバコを吸ってぼんやり散歩をしていた将司は、優花子と偶然再会する。優花子もまるであの頃のあさこのように、タバコをくわえていた。彼女は子どもの頃が嘘のように明るくなっており、あさこが優花子にとっても色々な意味で大きな存在であると話してくれた。

 優花子に昔の話と「履歴書を埋めたい」ことを打ち明け、協力を頼む将司。彼はあさこを、本気で調べたいと決意していたのだ。

“あさねえ”との嬉しかった、楽しかった記憶ははっきりしている。しかし彼女にひどく失望し落胆した感情も残っており、それがなぜなのかは覚えていない。

 深く追想し現実を追うことで、どんな「閉じ込めていた記憶」が炙り出されるのか。それはただの初恋か、それとも邪(よこしま)な恋か、はたまた別の感情か――。

 消えない想いを胸に、タバコの煙のように掴めなかったあさこを見つける“元”少年の物語は始まったばかりだ。

文=古林恭

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