チーズを作るダニやトキと一緒に絶滅したダニがいる? 世界に約5万種いる彼らの知られざる生態

出産・子育て

公開日:2021/7/21

ダニが刺したら穴2つは本当か?
『ダニが刺したら穴2つは本当か?』(島野智之/風濤社)

 自分の書斎の本棚を眺めると、どんないきさつで買ったのか自分でも思い出せない本がある。この、『ダニが刺したら穴2つは本当か?』(島野智之/風濤社)は、その中の一冊に加わりそうな本かもしれないと、当初は思った。1冊まるまる、ダニの写真や絵にあふれ、詳しい解説の載っている本書。いったいなんの役に立つのか、タイトルに惹かれたとはいえ、別にその答えを知らなくても普段の生活の中では困らないかも、とも思ったからだ。そう、最初は。

 著者はダニ学を専門とする研究者で、テレビ番組の『世界一受けたい授業』(日テレ)に出演したこともある。この問いかけ形式のタイトルだが、その番組に出演したさいに他の出演者から質問されて答えに窮してしまったことがきっかけだそうだ。

人間の血を吸うダニは約5万5000種のうち、たったの2%

 以前に『寝てもサメても 深層サメ学』という本をレビューしたが、イメージが先行してしまっているものの、人を襲うサメは「全てのサメ種の6%」に過ぎずごく少数であることが記されていた。ダニの方はというと約5万5000種のうち「人間の血を吸うダニ種は、世界中にいるダニの種のたった1~2%」だという。ちなみに血を吸うダニとしてよく知られる「マダニ」の場合、日本では20種類ほどいるそうだ。

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 本書では様々なダニが紹介されており、その中の一種「ササラダニ類」は「物理的分解者」と呼ばれている。微生物が落ち葉や動物の死体などを分解して「化学的分解者」と呼ばれているのと同じく、ササラダニは植物の栄養になるような良い土を作り出すのに必要な存在なのだとか。日本の国土の68%が森林で、その面積が約2500万ヘクタールであることから推測すると、なんと約1京個体のササラダニが生息しているという。ササラダニがいなくなってしまうと、人間の開発によらずとも森林が枯れてしまうと考えたら、その影響力たるやダニ様さまである。

チーズを作るダニ

 分解者として働くダニは他にもいて、フランス北部の名産とされるミモレットというチーズのラベルには、こんな一文があるそうだ。「自然熟成されたミモレットは、シロンを使用した伝統的な製法」云々と。この文の中のシロンというのが「コナダニ類」を指し、チーズの熟成を手伝い、ミモレットの表面はコナダニが通った道でデコボコになって、それが名産品の特徴ともなっている。著者はデコボコの穴の中を顕微鏡で覗いたさいに、ダニを見つけて大喜びしていたようだけれど、チーズ好きの私としては複雑な気分である。

絶滅した日本のトキウモウダニ

 学名に「Nipponia nippon」と日本の名前を冠した、日本を代表する鳥でもあるトキは2003年に最後の一羽が死亡し絶滅してしまった。ニュースで話題になり、嘆いた人もいることだろう。しかし同時に絶滅してしまったダニがいることを、知っている人は少ないはずだ。トキを宿主としていたコナダニ類の「トキウモウダニ」がそれで、以前はトキと同様に日本・韓国・中国・ロシアに分布していると考えられていたのだが、佐渡トキ保護センターにおいて中国産のトキをもとに人工繁殖を行ない放鳥されたトキを調べても発見できなかった。そして著者がさらに調査を進めたところ、中国由来のトキからは別種のウモウダニを1万7800個体も得られたのに、トキウモウダニはついに1個体も見つけられず、絶滅したと結論づけた。トキという生き物が1種絶滅することにより、共生している生き物もまた絶滅してしまった事実を前にして、ダニを失った喪失感がこんなにも湧き上がってくるとは、自分でも思わなかった。

ダニの研究から学ぶこと

 ダニの研究は高価な機材が不要で、自宅に顕微鏡さえあればある程度は観察が可能なため、別の仕事をしながら新種のダニを発見して論文にする人も多いという。ダニの専門家である著者からしても、忙しい合間を縫って「新種を記載されている方々には頭が下がる」と述べている。

 原因不明の風土病が学者の努力によって明らかになった事例もある。日本では19世紀末、ダニの一種であるツツガムシによる風土病「ツツガムシ病」の研究で、北里柴三郎などの著名な細菌学者たちがしのぎを削っていたという。治療法が確立されていない当時は、研究中にツツガムシ病に感染して命を落とした研究者もおり、戦後になって東京大学伝染病研究所の専門家たちが必死に調べ、ようやくツツガムシの生態が明らかとなった。

 さて、タイトルにもなっている問題についてだが、蚊の針口器は1本だから穴が一つなのは分かるとして、穴が二つだからダニの仕業というのは本当なのか。よくよく考えてみればダニの大きさからしたら、二つの穴の間隔は明らかに広い。その答えとは……ぜひ本書で確認してほしい。

 本書を楽しみ、そしてタイトルの問いの答えを知った私は、最初に「本書がなんの役に立つのか」と述べたことを反省しなければなるまい。それは、数学が実生活のなんの役に立つのかと子供が思う疑問に等しいものだった。数学が論理的な思考の基礎になるように、ダニのことを知るのは物の見方や考え方を学ぶのと同じなのだと気づかされた。

文=清水銀嶺

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