戦争がもたらす残酷な現実を知る。科学のロマンと戦時下の青春を描く『太陽の子』

文芸・カルチャー

公開日:2021/7/22

太陽の子 GIFT OF FIRE
『太陽の子 GIFT OF FIRE』(黒崎博:原作、樹島千草:小説/集英社文庫)

 今から76年前の8月6日、一瞬にして広島の人々を地獄に突き落としたのがアメリカ軍による原子爆弾の投下。あまりにも痛ましいこの悲劇は、永遠に忘れてはならない出来事として今日まで語り継がれている。

 2021年8月6日に全国公開されるのが、『映画 太陽の子』だ。本作は戦時下の原子爆弾開発をテーマに、3人の若者たちの決意と揺れる思いを描いた作品。柳楽優弥有村架純などの人気実力派俳優の出演のほか、昨夏に亡くなった三浦春馬さんの公開最後の作品でもある。

『太陽の子 GIFT OF FIRE』(黒崎博:原作、樹島千草:小説/集英社文庫)は、そんな注目作のノベライズ版。戦争の怖さや国のために全てを捧げることが正しいとされていた時代の苦しみが伝わってきて、自分の生き方を見つめ直したくなる。

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原子爆弾の開発に悪戦苦闘する研究者たち

 舞台は、第二次世界大戦中の日本。開戦時、日本はいくつかの戦いで勝利を収めたが、徐々に国の脆弱さが浮き彫りに。1942年ミッドウェー海戦に敗北し、1944年にサイパンが陥落すると、アメリカ軍による本土空爆が本格化。

 空爆ははじめ、工業地帯の破壊を目的としていたが、すぐに市街地も対象とされ、昼夜問わず、爆撃機が上空を飛び交うようになった。

 この状況を変えるには、今までにない圧倒的な破壊力を持つ新型兵器が必要…。そう考えた海軍は、京都帝国大学の原子物理学研究室に新型爆弾の開発を密令。研究室の学生たちは教授と共に日夜、研究に明け暮れることとなった。

 中でも人一倍、研究熱心だったのが石村修。彼は「実験バカ」と呼ばれるほど、研究にのめりこむ日々を送っていた。修らが取り組んでいたのは、硝酸ウランを用いた原子核爆弾の開発。他国よりも先に開発に成功するということは、戦争への勝利を意味する。だからこそ、修らは自分たちが日本の未来を守るのだという信念を持ち、励まし合いながら研究を続けていた。

 だが、研究はなかなか成功せず、国の状況は刻一刻と悪くなっていくばかり。情報が遮断されているため、敵国がどこまで研究を進めているのか分からず、修たちの焦燥感は増し、やがて仲間内で小競り合いが起きるように。

 修の中でも、葛藤が生じ始めた。いち科学者として真理を追究したい気持ちと、研究がもたらすものへの恐怖がひしめき合い、心は限界寸前。しかし、国の勝利が最優先であるこの時代、立ち止まることなど許されるはずがない。人は殺したくないが、研究は成功させたい…という本音を隠しながら、修は研究に邁進し続けた。

 ところが、1945年8月6日午前8時15分、アメリカの原子核爆弾が広島に投下されたことを知る。調査のため、修らは現地へ。そこで初めて、自分たちが作ろうとしていたものの恐ろしさを知った。しかし、そんな光景を目にした修は科学者として、ある決心を固める――。

当たり前ではない「今」の価値に気づける作品

 国のために、全てを捧げなさい。ある日、突然そう言われたら、自分はこんなにも強く生きていけるだろうか。読後、真っ先に浮かんだのは、そんな自問自答だった。

 本作には修が片思いしている幼なじみの女の子なども登場するのだが、誰もが情や私欲よりもお国のためを優先し、本音を殺した人生を余儀なくされており、胸が痛んだ。

 死ぬのが怖い、誰かを殺すのが怖いという人間ならごく当たり前の想いすらも口にすることが許されなかった時代の中、当時の国が求める「正しい国民」であろうとした人々はどれほど苦しかっただろうか。筆者は正直、これまで戦争について深く思いを巡らせたことがなかったが、本作に触れ、そんな自分が恥ずかしくなった。

 好きな服に身を包み、24時間いつでも物が買え、笑い声が聞こえる「今」は当たり前のものなんかでは決してない。この暮らしが「普通」になる過程で数多くの命が犠牲となったのは紛れもない事実だ。あの頃、自分を殺し、国のために全てを捧げた人たちがいたからこそ、今がある。

 そう気づくと、自分にできる平和の守り方を考えたくもなった。私たちは、あの時代に生きた人々が夢や希望を託し、幸せを願った次世代の子だ。だからこそ、国のためにではなく、自分のために「らしい人生」を歩めることに感謝しつつ、次の世代がより笑って暮らせる社会の作り方を考えていけたら素敵だ。

 今年も広島の平和記念公園では世界の恒久平和を願い、平和記念式典が開かれる。黙祷の中に込めた切なる祈りの重さに気づくこと。それは、きっと未来の平和を築く第一歩になるはずだ。

文=古川諭香

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