松任谷正隆の『おじさんはどう生きるか』で明かされる、ユーミンとの意外な家庭内事情とは?

文芸・カルチャー

公開日:2021/7/31

おじさんはどう生きるか
『おじさんはどう生きるか』(松任谷正隆/中央公論新社)

 松任谷正隆氏は、70年代に細野晴臣らとキャラメル・ママという伝説的な音楽ユニットを組んでいた鍵盤奏者。今もなお、アレンジャーやプロデューサーとして八面六臂の活躍を見せる音楽家である。また、車好きが高じてモーター・ジャーナリストとしても活動している。あるいは、てっとりばやく「松任谷由実=ユーミンの夫」と紹介したほうがピンとくるだろうか。

 その正隆氏は、文筆家としても天賦の才があり、これまで7冊の著作を発表している。そんな彼の最新刊が『おじさんはどう生きるか』(中央公論新社)。身辺雑記をてらいなく綴った本だが、音楽の現場に限らず、家庭での日常が描かれているのが特徴だ。となると、気になるのがユーミンの影。家庭内での彼女の発言や行動を、覗き見ならぬ「覗き読み」ができるのでは? と期待する読者も一定数いるだろう。そして、本書はそうした期待を裏切らない。

 例えば、「ぷっ音のマナー」によると、松任谷家ではおならがし放題であり、配偶者のおならに嫌な顔をする家庭を「かわいそう」と正隆氏は書く。つまり彼はユーミンの前でおならがし放題ということ。そして、匂いが残らないように、用を済ませた後は香水をひと吹きするのが松任谷家の習慣になっている。正隆氏はたまにそれを忘れてしまうのだが「あっ、ごめんよ忘れた!」と彼が言うと、ユーミンは決まって「むしろ可愛いよ」と返すのだという。さらには〈僕の特技は階段一階ごとに音程を変えて連続でおならすることで、さすがミュージシャン、と褒めてもらいたいくらいだ〉と言ってのける。正隆氏、なかなかチャーミングで愛すべき人ではないか。

advertisement

「長いものに巻かれるマナー」では、ユーミンと蕎麦屋に行った時、彼女が得意げにワサビを蕎麦に塗り、ここぞとばかりに音を出して勢いよく蕎麦をすする姿に、正隆氏は気圧されてしまう。小心者を自認する正隆氏はするすると中途半端な音を立てながら蕎麦をすする。ワサビはつゆの方に入れ、蕎麦とたっぷり絡ませる。

 些細なことを気に病む正隆氏の懊悩ぶりも読みどころ。例えば、彼が思春期だった頃は男らしさの象徴だった体毛が薄いことに胸を痛めて、サインペンで胸毛を書いてから海水浴に行ったという。あるいは、年上には敬語を使うと決めていた正隆氏が、ある程度親しくなったミュージシャンらとタメ口で話すか迷いに迷うくだりも面白い。20歳年下の人にも敬語を使っている自分のふがいなさも、率直かつ正直に告白している。

 本書を読んでいて連想したのは、穂村弘氏の著作のタイトルにもなった「世界音痴」という言葉。もちろん自虐や謙遜を込めての言葉だろうが、自意識過剰で、他人と少しだけズレた感性を持つあたり、穂村氏と正隆氏はやや似ているように思う。

 穂村氏は短歌界の大御所であり、代表作が有名な賞を受賞するなど、傍から見れば成功者。だが一方で彼は、自分が社会に適応できないことをくよくよ悩んでもいる。正隆氏の悩む姿もそれに少し似ている。ユーミンの夫で腕利きミュージシャンでもある彼の輝かしい経歴を見ると「究極のリア充」ではないかと言いたくなるのだが、小心者で自分に自信がなく、ちょっとしたことで動揺するところは「世界音痴」にも通じる。ぜひ、穂村氏の著作と比べて読んでいただきたいところだ。

 なお、巻末にはジェーン・スー氏と正隆氏の対談を収録。男性優位の社会に対して敏感なスー氏は、本書を読んで、「男女で見ている世界がこんなにも違うんだ!」と驚いたという。例えば本書には、正隆氏がタクシーの運転手が年上の乗客に敬語を使うと書かれているが、スー氏によれば、女性はタクシー内ではタメ口を利かれることが圧倒的に多いというのだ。正隆氏はややたじろぐが、スー氏は男であることの優位性を正隆氏に具体的に話す。いや、説法するという方が近いかもしれない。ジェンダー論に興味がある人は、この対談を読むだけでも価値があると思う。

文=土佐有明

あわせて読みたい