「セクハラの訴えが上がってきてる!?」心当たりはない、いったい誰が? 報われないおじさんたちの悲喜こもごもを描く『雨の日は、一回休み』

文芸・カルチャー

公開日:2021/7/22

雨の日は、一回休み
『雨の日は、一回休み』(坂井希久子/PHP研究所)

 2008年、「虫のいどころ」で第88回オール讀物新人賞を受賞しデビューして以来、恋愛もの、性愛をテーマにしたもの、スポーツ人間ドラマや家族小説、時代ものと、幅広いジャンルで小説の執筆を続けている坂井希久子さん。そんな彼女が最新作となる連作短編集『雨の日は、一回休み』(PHP研究所)でスポットライトを当てたのは、うだつの上がらない「おじさん」たちだ。

 第1話「スコール」の主人公・喜多川進は、昔ながらの体質の保険会社に勤める50代男性。バブル入社組だと蔑まれるが、たしかに就職は楽勝だった。けれど、そのぶん出世競争は苛烈で、社への忠誠を試されているとしか思えない異動があっても、やりづらい部下をあてがわれても、文句も言わず従ってきた。家庭を顧みることもできず、満員電車でくたくたになっても、懸命に働き続けてきたのだ。ところがある日、そんな進に、定年を控えた部長が告げた。「君に、セクハラの訴えが上がってきているんだよね」と。

 そんな馬鹿な。セクハラ、パワハラに厳しいこのご時世、部下との接しかたには人一倍気を配っているはずだった。いったい誰がそんなデマを? 進は無実を訴えるが、退職までの1年を無難にやり過ごすことしか考えていない部長は、この問題を深く掘り下げるつもりはないようだ。進の部下は11人、そのうち女性は4人いる。相手を責めようというわけではないが、再発を防ぐためにはどうすればよいかさえわからないのでは、進のような冴えないオヤジに明日はない。進は、部下への対応にいっそう神経を尖らせながら、自分をセクハラオヤジ扱いした「犯人」をあぶり出そうとするのだが──?

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 5つの連作短編が収録されている本書には、進のほかにも「いるいる!」とうなずいてしまいそうな4人の「おじさん」たちが登場する。いずれも、息をするようにセクハラ・パワハラ思考で、女性差別的なおじさんばかりだ。どのおじさんも、正直ヤバい。だが、彼らにだって言い分はある。彼らはいたって真面目に、誠実に、バブルや就職氷河期時代の常識をそれぞれ必死で身につけて、時代の荒波を越えてきただけなのだ。そんなおじさんたちの報われない奮闘ぶりを眺めていると、「今さら『時代は変わった』なんて言われても……」という哀愁に満ちた声が聞こえてきそうである。

 登場するおじさんたちのコミカルな行動を笑ったり、切ない胸のうちにしんみりしたりしているうちに、「変化する時代の中で生きる」ということにまで、自然に思いがいたる本書。おじさんたちがみずからの人生を振り返り、折り合いをつけていこうとする姿は、現実の「おじさん」本人や、まさにそんなおじさんたちに困っているという周囲の人ばかりでなく、「最近なんだかうまくいかないな」と悩んでいる人にとっても、おおいに参考になるだろう。

文=三田ゆき

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