本当のクズは誰? 自殺サイトで出会った6人の若者が「世直し活動」を開始! その先に待ち受ける惨劇とは…

文芸・カルチャー

公開日:2021/7/25

『トラッシュ』(増島拓哉/集英社)
『トラッシュ』(増島拓哉/集英社)

 ものすごい作家が現れた…。第31回小説すばる新人賞受賞作に輝いた『闇夜の底で踊れ』(増島拓哉/集英社)は、そんな衝撃を受けた1冊だった。同作は増島氏のデビュー作。19歳の新進気鋭作家が作り上げた世界観にすっかり魅了されてしまい、この作家さんはこれからも面白いノワールをたくさん生み出してくれるはずだ、と期待が高まったのを覚えている。

 だが、新作『トラッシュ』(集英社)は、予想をはるかに上回る小説だった。本作は、心の傷との向き合い方を読者に考えさせもする傑作だ。


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自殺サイトで出会った6人の若者が「正義」の名のもとに私刑を下す

 いじめや差別を経験したり親との確執を抱えていたりと、それぞれ心に傷を負ってきた6人の若者はインターネット上の自殺サイトで出会い、集団自殺を試みた。しかし、幸か不幸か、闇サイトで入手した薬が偽物であったため、全員生きながらえる結果に。

 一度死んだようなものである自分たちには、恐れるものなど何もない。だから、派手に生きて華々しく死んでやろう――。そう考えた6人は各々のやりたいことを共にやり遂げようと誓いあい、自分たちを死の淵に追い込んだ加害者への復讐を開始。「世直し」と称して、ドラッグの売人狩りや反同性愛団体への爆弾テロなどを決行していく。

 やがて6人は「匿名希望」と名乗り、権力を笠に着て弱者を踏みにじっている者たちへの制裁動画をインターネット上にアップするように。法で裁けない罪に私刑を与える「匿名希望」はダークヒーローとして、世間の注目を集めるようになっていく。

 すると6人の暴走は加速。ついには総理暗殺を計画し、革命を起こそうと考え始める。だが、その過程でメンバー内のある人物が抱いていた思惑が明らかになり、6人の関係は一変。不穏な空気が漂い始め、その先には予想外の惨劇が…。

 ラスト1ページまでハラハラさせられる本作は、疾走感あふれる一気読み必至作品。誰が本当の屑(トラッシュ)なのか――。帯に記されたこの問いに、あなたはどんな答えを出すだろうか。

心の傷と共に生きる勇気を

 立ち上がれないほど傷つけられた後、人はどう生きていけばいいのか。「私刑」をテーマにした本作は、そんな深い問いを投げかけてくる作品でもある。

 生きていると、法律では裁けない罪に何度も出会う。その度に私たちは苦しみ、絶望し、苛立つ。時には、自分を傷つけた者に復讐心を抱いてしまうこともあるだろう。本作に描かれている、6人が感じてきた痛みや怒りの中にも共感できるものは正直たくさんあり、古傷が痛みもした。

 だが、忘れてはいけないのは「傷つけられた経験」は、誰かを傷つけてもいい免罪符にはならないということ。傷をつけられた者は、その辛さを知っているがゆえに「自分と同じ苦しみを与えたい」と願い、“痛みを与える側”になってしまう可能性もあるからこそ、改めて自分が抱えてきた痛みとの向き合い方を考えたくなる。

「目には目を、歯には歯を」を実行するのではなく、心の傷と共生できる道を見つけること。それはきっと、本当の意味での自己救済になるはずだ。

 癒えない傷や言えない傷に苦しんでいる方は6人の生き方を反面教師にしつつ、流した涙の数以上に笑える人生の築き方を考えてみてほしい。

文=古川諭香

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