あの庵野秀明監督も愛した特撮作品『帰ってきたウルトラマン』! 誕生から50年の今、その功績を振り返る

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公開日:2021/7/31

「帰ってきたウルトラマン」の復活

著:
出版社:
双葉社
発売日:
「帰ってきたウルトラマン」の復活』
『「帰ってきたウルトラマン」の復活』(白石雅彦/双葉社)

 映画が思うように公開できない状況ではあるが、各所の努力により営業が続き、最近では庵野秀明監督の最新作『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』がヒットを飛ばした。そして同監督が企画・脚本を手がける『シン・ウルトラマン』も鋭意制作中であり、特撮ファンの期待値は高まっている。実は庵野監督が、今から50年前に放送された『帰ってきたウルトラマン』に多大な影響を受けたことはよく知られる話。では、その『帰ってきたウルトラマン』とはどのような作品だったのか。『「帰ってきたウルトラマン」の復活』(白石雅彦/双葉社)には、当時のさまざまな状況が多くの証言などと共に詳しく語られている。

 まず本書のタイトルに、なぜ「復活」とあるのか。著者はまえがきにて「“ウルトラシリーズ”の復活と“円谷プロ”の復活という二つの意味を込めている」と語っている。「円谷プロ」とは、もちろん「ウルトラシリーズ」を制作した会社である。実は『帰ってきたウルトラマン』が放送される少し前の1968年頃、円谷プロはかなりの危機的状況だったのだ。

 1966年に円谷プロが制作した『ウルトラQ』は大ヒットし、世にいう「怪獣ブーム」を巻き起こした。続く『ウルトラマン』と『ウルトラセブン』もブームを牽引したが、それも68年頃には終息を迎える。続いて「妖怪ブーム」が囁かれると同プロは『怪奇大作戦』を制作するが、これが苦戦。これまで番組を発注していたTBSからの発注は途絶えてしまう。さらに高品質の特撮に掛かるコストゆえの赤字体質もあり、円谷プロの経営は一気に苦しくなったのだ。そしてこれに追いうちをかけるように、同プロ社長で「特撮の神様」と称された円谷英二氏が、70年1月に亡くなってしまうのである。

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 それでも、69年7月にはフジテレビからの発注もあり明るい兆しが見え始めていた。円谷英二氏亡き後、跡を継いだのは息子の一(はじめ)氏。新体制の下、さまざまな企画が動いていくのだが、そのひとつが「特撮怪獣シリーズ 続ウルトラマン」だったのである。元々この企画は英二氏存命の69年4月頃に上げられたのだが、なかなかに興味深い。例えば最初は前作のウルトラマンが本当に「帰ってきた」設定であり、前作にも登場したハヤタやムラマツも姿を見せている。ファンとしては、この設定でのストーリーも観てみたかったと思うが、残念ながら本企画が実現することはなかった。

 潮目が変わるのは70年9月から放送された『ウルトラファイト』である。これは「ウルトラシリーズ」の怪獣バトルにスポットを当てたような5分間の帯番組で、一部には「出がらし商法」などと揶揄もされたが、子供たちには大好評。本作によって、怪獣というキャラクターの人気がまだ健在だということが証明されたのだ。そして71年4月、「続ウルトラマン」は『帰ってきたウルトラマン』として放送されることとなる。設定も変更され、版権営業上の理由からウルトラマンは旧作のものではなく新しい存在として登場。そして、いわゆる「ウルトラ兄弟」の概念もこの作品から始まったのだ。

 この『帰ってきたウルトラマン』は平均視聴率22.7%を記録し、後の『ウルトラマンA』へとシリーズを繋げた。そして円谷プロは72年度の決算で、その借財がほとんど片づくというところまで業績が回復したという。見事に「ウルトラシリーズ」と「円谷プロ」は復活を果たしたのである。庵野監督ら多くの人々に影響を与えたことも含めて、この作品が残した功績は計り知れない。誕生から50年を数える今、我々はその功績をしっかりと再確認し、もし未見の人がいるならぜひ、この機に視聴していただきたいと願うのである。

文=木谷誠

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著:
出版社:
双葉社
発売日:
ISBN:
9784575316186