ポジティブにリラックスできる、南の島の人間ドラマ

小説・エッセイ

公開日:2012/9/11

つるかめ助産院

ハード : Windows/Mac/iPhone/iPad/Android/Reader 発売元 : 集英社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:紀伊國屋書店Kinoppy
著者名:小川糸 価格:432円

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タイトルが惜しい! 文字通り、子供を産む場所で起きる物語であり、そこが出会いの場所となる小説なので、妊娠や出産に興味がない人、あるいは縁がないと考えている人はこのタイトルで引いてしまうかもしれない。それを本当にもったいなく思う。私は子供を産んだことはないし、その機会もたぶんもうない。でも、この本はものすごーくおもしろかった。むしろ妊娠なんてありえないという人や男性に読んでもらいたい小説だ。

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失踪した夫を捜しに、一緒に旅行した思い出の離島にやって来たまりあは、島で助産院を経営する亀子に出会う。このまりあが後ろ向きなうえ、夫に頼り切り、さらにコンビニの食事ばかり摂っている不健康さで「そりゃアンタ、だんなだって逃げ出すよ」と言いたくなるほど(もちろんそうなった理由も描かれるのだけれど)。対して亀子は、まりあが初対面でネイティブアメリカンを彷彿するほどがっしり地に足がついた女性。が、まりあが島の生活で成長していくにつれ、亀子や助産院のスタッフも様々な傷を負っていたこともわかってくる。

亀子の存在感は自己啓発本以上に力強く、その清濁合わせ飲んでいる豪快な立ち振る舞いに読んでいるこちらまで元気になってくる。まりあが徐々に変わっていく描写もいい。ストーリーは出来過ぎなほどで文章は紋切り型なところもあるが、丁寧で細やか。島の風景も美しく描かれているが『食堂かたつむり』の著者の作品だけあって、食事の場面には生唾を飲み込んだほどだ。

さらに素晴らしいのは、妊娠や出産について書かれている本にありがちな独善的な部分がまったくないところだ。まりあという無知だけれど無垢な目を通して描かれるそれは、ただただ驚嘆の連続で「こうすべき」「こうあらねば」という窮屈さが少しもない。参考文献として妊娠や出産に関する多くの書籍が上げられていたが、著者は経験なくこの作品を書き上げたのだろうか。だとしたら『ブロンテ姉妹』に匹敵する素晴らしい想像力だ。


中絶する人には理由がある。責めたり咎めたりせず「もし産めないなら」と冷静に忠告する亀子

喧嘩を仲裁したりもしない。超自然体・亀子の名台詞、いいシーンはいっぱいあるのだがネタバレしないようあえて紹介しません

スパムおにぎりについて。こんなに美味しそうな描写は『めしばな刑事』以上かも