患者の「枯れるように逝く権利」を尊重。最善の看取りを模索する在宅医・たんぽぽ先生の物語

マンガ

更新日:2022/9/23

ねこマンガ 在宅医たんぽぽ先生物語 さいごはおうちで
『ねこマンガ 在宅医たんぽぽ先生物語 さいごはおうちで』(永井康徳:著、ミューズワーク(ねこまき):絵/主婦の友社)

 もし、自分の命が長くないと分かったら、病院のベッドではなく自宅で最期を迎えたい。それは何十年も前から、こっそり抱いている私の願い。持病があり、幼少期から病院通いをしてきたからこそ、最期くらいは通院も入院もせず、好きなことをして自分らしく散りたいと思ってきた。

 だが、日本ではまだ病院での看取りが多く、わがままで切実な私の祈りは担当医にも理解されにくいだろう。だから、『ねこマンガ 在宅医たんぽぽ先生物語 さいごはおうちで』(永井康徳:著、ミューズワーク(ねこまき):絵/主婦の友社)に記されていた一文が心に染みた。

“死が迫ったとき「どうせもうすぐ死ぬのだからどうでもいい」のではなく、「亡くなるまで、よりよく、より楽しく、より自分らしく生きつづけたい」と願うのは当然のことです。”

 本書は在宅医・たんぽぽ先生こと永井康徳さんがこれまでに診てきた人間の看取りエピソードを、人気猫漫画『ねことじいちゃん』(KADOKAWA)でおなじみの漫画家・ミューズワーク(ねこまき)さんが猫のイラストを用いて描いた作品。病院医療と在宅医療の違いも知れる内容となっている。

advertisement

慣れ親しんだ家で最期を迎えられる「在宅医療」

 在宅医療とは患者さんが住み慣れた自宅で思い思いの生活を送れるよう、地域社会と連携しながら支えていく医療のこと。誰でも受けられるわけではなく、病気や障がいなどがあり、通院が難しい人が対象となる。

 たんぽぽ先生は、2000年、愛媛県松山市に在宅医療に特化した医療法人ゆうの森 たんぽぽクリニックを開業。「楽なように、やりたいように、後悔しないように」という信条のもと、患者ファーストの医療を提供し続けてきた。

 在宅医療に力を注ぐようになったきっかけは、俵津での僻地医療にある。当時、駆け出しだったたんぽぽ先生は食べられなくなった患者さんに当然の治療と思い、点滴を行っていた。だが、地域最高齢だった明子さん(102歳)の看取りによって価値観が変わる。

 明子さんは脳梗塞で寝たきりとなっていたものの、認知機能は低下しておらず、家族の手厚い介護を受け、暮らしていた。ある日、たんぽぽ先生は家族から明子さんが食事を摂れていないと聞き、点滴を打とうとする。ところが、本人は拒否。悩んだ末、その意思を尊重し、点滴はせず、食べられない患者さんを初めて自然にまかせて看取ろうと決めた。

ねこマンガ 在宅医たんぽぽ先生物語 さいごはおうちで p.38

ねこマンガ 在宅医たんぽぽ先生物語 さいごはおうちで p.39

 約2週間後、明子さんは安らかに天国へ。その姿を目にし、たんぽぽ先生は点滴をせずに天寿を全うするという自然な看取りも選択肢としてあることに気づいたという。

 そんなたんぽぽ先生は自身もガンを患い、死と向き合ったからこそ、心に寄り添う在宅医療を徹底。

 例えば、幼い息子がいながら余命3カ月と診断されたさゆりさんを看取る時には、できる限り願いを叶えようと奮闘。ソーシャルワーカーや管理栄養士、作業療法士などによって結成した「望みかなえ隊」を活かし、念願だった人生初のヘアカラーを楽しんでもらい、死後息子さんに贈りたいメッセージカードの制作もサポート。「桃が食べたい」と聞けば、時期的に難しくとも諦めず、クリスマスピーチを入手した。

ねこマンガ 在宅医たんぽぽ先生物語 さいごはおうちで p.114

ねこマンガ 在宅医たんぽぽ先生物語 さいごはおうちで p.115

 その後、さゆりさんは家族に見守られながら逝去。幼い我が子を置いていかねばならない悲しみや苦しさは最期まで消えはしなかっただろうが、「望みかなえ隊」のおかげでいろいろな願いが叶い、限りある時間がより意味のあるものになったという事実は彼女の中で大きかったと思う。

“私たちは、患者さんを「世話をする人・される人」という関係ではなく、いつかは自分も通る道を先に行く「人生の先輩」という気持ちでかかわっています。”

 そう語るたんぽぽ先生の在宅医療には、患者さんとその家族が「最善の最期」を迎えられる優しい配慮が詰め込まれている。

「枯れるように逝く権利」が私にはある

 自分は一体、どんな死に方をしたいだろう――。そう考えた時、ぜひ触れてほしいのが本書に描かれている里美さんの言葉。大学病院の看護師長だった里美さんは、乳がんが全身に転移。友人や職場の看護師はローテーションを組み、自宅での看取りを希望する彼女をサポートした。

 そんな里美さんが、たんぽぽ先生に伝えたのは「点滴をせず枯れるように逝かせてください」という願い。たんぽぽ先生はその祈りをしっかり受け止め、点滴を最低限にし、自然な看取りを行ったそう。

ねこマンガ 在宅医たんぽぽ先生物語 さいごはおうちで p.103

ねこマンガ 在宅医たんぽぽ先生物語 さいごはおうちで p.104

 里美さんの言葉には、最期まで自分らしい人生を貫きたいという強い意志が込められていたように思う。1日でも長く生きられる延命治療はたしかに大切だが、人としての尊厳が尊重される在宅医療も同じくらい意味のある選択。私はどう生き、どう逝きたいかと思いを馳せたくなる本書は、治らない病気を患った後でも幸せは見つけられると気づかせてくれる作品でもある。

 ぜひ、あなたも最期の1秒まで豊かだと思える人生の締めくくり方を考えてみてほしい。

文=古川諭香

▼本書の紹介動画はこちら

あわせて読みたい