今月のプラチナ本 2012年10月号『わたしがいなかった街で』 柴崎友香

今月のプラチナ本

更新日:2012/9/28

わたしがいなかった街で

ハード : 発売元 : 新潮社
ジャンル:小説・エッセイ 購入元:Amazon.co.jp/楽天ブックス
著者名:柴崎友香 価格:1,512円

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今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『わたしがいなかった街で』

●あらすじ●

夫との離婚から1年後、東京に来てから2度目の引越しをした平尾砂羽は、漠然と毎日を過ごしている。テレビに映し出される戦争や震災のドキュメンタリー映像、インターネットで見つけた作家の65年前の日記。それらの記録が自分の記憶と交錯し、砂羽はひとり「かつて誰かが生きていた場所」を思索する。1945年に広島にいた祖父、2010年の東京でひとり暮らす36歳のわたし、近所に住む元同僚の有子、無職生活を続ける友人の中井、行方不明の「クズイ」─。大阪で、ユーゴスラヴィアで、墨田区で、アフガニスタンで、世田谷で、イラクで、瀬戸内海で、ソマリアで……、「わたしは、かつて誰かが生きた場所を、生きていた」。今この時を確かな言葉で捉えた、柴崎友香の圧倒的飛躍作!

しばさき・ともか●1973年、大阪生まれ。2000年に刊行されたデビュー作『きょうのできごと』が行定勲監督によって映画化され、話題となる。『その街の今は』で、2006年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞大賞受賞、咲くやこの花賞を受賞。10年『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞受賞。著書に『フルタイムライフ』『また会う日まで』『主題歌』『星のしるし』『ビリジアン』『虹色と幸運』などがある。

新潮社 1470円
写真=首藤幹夫 
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編集部寸評

「なんでもない日常」って何だ

笑える!泣ける!面白い!という小説ではない。一歩ずつ、細い道を歩くように読み進めた。「日常」という、当たり前にそこにある(ことになっている)ものをじっくりと検討していく小説だからだ。「日常」はタテにもヨコにも広がっている。タテ=歴史であり、どの土地にも、今とはまったく異なる様子だった時代がある。ヨコ=距離の広がりで、今この瞬間も、どこかで誰かが何かをしている。ではどこまでが私の「日常」なのか。写真を、テレビ画面を、本を、ネットを介してつながる「日常」。私の「なんでもない日常」につながるいつかどこかで、誰かが銃を撃ったり、天災に遭ったり、美しい夕日を見たりしている。それはわかっている、でも、どこまで確かに感じられるのか。「いいね!」をクリックすればつながるのか? ふだんわれわれが「日常」のひとことでフタをして、考えないようにしていることを、何度も何度も突きつけてくる貴重な一冊だ。

関口靖彦本誌編集長。ドラマチックな起承転結があるわけではないのに、どんどん読み進められる小説でした。「あらすじ」ではなく、「描写」そのものがスリリング!

過去に思いを馳せるとき

本作を読んで思い出したのは、こうの史代さんの『夕凪の街 桜の国』。被曝者の厳しい現実を3世代にわたって描いた名作コミックだ。戦争は終わったけれど、現代を生きる人たちにその痛みはつながっているというストーリーには切なさを覚えたが、ある種のたくましさと強い意志も感じた。『わたしがいなかった街で』の主人公・砂羽は、戦争当時の祖父のエピソードや、自分の住む街に住んでいた海野十三の65年前の日記に背中を押されるかたちで、自分がいなかった時代に思いを馳せるようになる。戦争ドキュメンタリーを観ることにより、いま生きている自分を感じる彼女。砂羽のこうした行動の背景にあるものはいったい何なのか。離婚という経験、契約社員という立場に対する不安、友人との交流がないわけではないけれど、彼らとはいつ会えなくなるかもわからない。現実の中の違和感と過去に向かう気持ちの、物語への織り込み方がすごくうまいと思った。

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生きていることの意味を考える

柴崎友香さんは、日常のさりげないヒトコマを掬いとるのがうまい。だが、本作は歴史という軸を加え、文体は重厚さと静けさをまとい、戦争という風化していく負の記憶を、それを知らない世代に伝えようとした意欲作だ。あるインタビューで「遠くて離れた場所や人のことをどうしたら感じられるのか、かかわることができるのか」それを考えながら書いたといっている。それだけに本作を読むと、自分自身、会いたくてももう会えない大事な人たちのことを思い出す。そして、今自分が生きているありがたみ、自分を生んでくれた両親に感謝の気持ちが沸き起こる。震災を経て、お盆にお墓参りをしたからだろうか。私たちは、たくさんの亡くなった人々の成しえてきた歴史の中で生かされているのだ。小説はそのような命の営みや連綿を物語にして教えてくれる。柴崎友香さんの小説で、多くの若い人が物語の中で自分自身のつながりを意識してくれることを願う。

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その重みを知り、つないでいく

「自分は世界のことをちゃんと考えてるって、思いたいだけかも。身近な人に何もできないことの穴埋めにしたいのかな」。36歳。離婚して契約社員として働く砂羽は、快適な部屋でひとり、誰とも話さず、戦争もののドキュメンタリー映像を観て、いま自分が住んでいる町で、65年前に暮らした作家の敗戦日記を読む。茫漠とした日々を過ごしながら、ここではない場所、ここにかつてあった風景を思う砂羽。それは今の自分からの逃避なのだろうか。あの日、あの場所で、亡くなった人、生き残った人、それはたぶん偶然だ。運命なのであれば、その意味は。考え続けても、考えることを投げても、この先すっきりすることなんて、きっと、ない。年をとるほど、できなかったことや、後ろめたさが積もっていく。それでも今、私は生きているし、かつて、生きた人がいた。今日と同じように、なんでもない、特別な一日が、確かにここにあった、と知るだけだ。

服部美穂本誌副編集長。特集は、80年代生まれのための「村上春樹」。本誌若手編集者の質問に村上さんが、がっつりお答えくださいました! 80年代生まれ以外も必見!!

記憶は蘇る

先日、高校の同窓会があった。旧友たちに再会してすぐ、あらゆる記憶がわき上がってきた。様変わりしたようで何一つ変わっていない友人や土地の風景によって、当時が蘇る感覚を味わった。砂羽が触れるドキュメンタリーDVDや日記、航空写真には過去が詰めこまれている。忘れないように。自分がいない場所、時間にも人々の営みがある。それは様々な方法で閉じ込めておける。やがて薄らいでしまっても、土地と人と記憶がピタリと合わさる瞬間に蘇るのだろう。

似田貝大介あの頃の自分を思い出す、懐かしの怪談がいっぱい詰まった『私は幽霊を見た 現代怪談実話傑作選』。恐怖に怯えた遠い日々よ

未来への道標

近所を歩いていると、意外な場所で石碑を見つけることがある。偉業を遂げた昔の人の銘文や、戦争や災害の被災者への慰霊の言葉、後世への警告などがそこにはしっかりと刻まれている。その長い歴史の先のこの時代に、なんとなく生きている自分がときどき情けなく思えてくるのだ。本書の主人公・砂羽は思う。自分が今ここにいること、生きて死ぬということについて。誰もが悩む人生の思索。その思いが、未来へとつながる自分の道標になるのかもしれない。

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過去を知ることの意味

「海野十三の日記」が印象に残った。日記には戦時下の人々の日常がつづられている。空襲にさらされていても電車は走り、人々はそれに乗り出かけていく。今の私たちが過去を振り返ったとき、戦争は非日常だ。では未来の人が今の私たちを見たときに、どう思うのか。もしかしたら、非日常と思われているかもしれない。大きな事件や災害、紛争も絶えず、火種もごろごろ。学ばないのか忘れてしまうのか……。日常に埋もれても、立ち止まり振り返ることは必要だ。

鎌野静華早いもので、今月は年末恒例ブック・オブ・ザ・イヤーのアンケートハガキが入っています。今年の一冊をぜひご投票ください

想像力こそが

人は想うことができる。自身の体験ではないこと、体験しえないことについて。当事者ではない、けれど自分の時空とつながっている―道徳や倫理を振りかざさずとも、静かにその感覚を持つことが出来ると本書は教えてくれる。さて、著者の魅力は、人物描写もさることながら、文章そのもののありかた、一文一文から放たれる、何か凄いものだ(本はなべてそうだけれど、特に、と思う。そして本作は中でも飛躍作だと)。「戦争の話か」と思わずに、読んでみてほしい、のです。

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視点が融けあい世界がつながる

物語の世界にすっぽりと包みこまれて、宙に浮きながら自分を見つめているような読書体験(こんなの、本当に久しぶり)。ストーリーは「わたし」の一人称を中心に展開するが、読み進めていく内に現在と過去(記録)、「わたし」と他者の語りが混線し、ついに「わたし」は読者に憑依する。村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』で主人公が井戸の中で体験する「壁抜け」を思い出した。個人的には中井のキャラクターが好きで、一日でいいから彼に“憑きたい”と思った。

川戸崇央村上春樹さん特集を担当。メールインタビューではたくさんの質問にお答えくださり、本当にありがとうございました!

現代女性のリアルな閉塞感

なぜ私はここで生きているのか、人との出会いに何か意味があるのか。36歳・バツイチ、契約社員の砂羽は、戦争や震災に過去と記憶と日常を照応させ、思索しながら生きている。私も関西から上京し、今は東京に住んでいるが、ときどき彼女と同じ考えに駆られる。彼女が「自分がいない場所」を想像するのは、「今いる場所」に居場所を求めているからではないか。大阪の淀川を渡る際の心情描写に同じ覚えがあった。同世代の女性に共感度が半端ない作品だ。

村井有紀子村上春樹特集を担当。インタビューのご返答をいただいたとき、今の仕事を選んでよかったと感涙。ありがとうございました

つながる記憶と深まる孤独

少しつらい気持ちになった。離婚して世田谷に引っ越した主人公の部屋には、世界各地の戦争ドキュメンタリーが流れている。BGMのように。真刻に観るわけでもなく、淡々と「わたしのいない街」の光景として主人公は受け止める。同じ調子で契約社員として働き、友人に会い、里帰りをする。ところどころで挿入される死の描写は人とのつながりと共に孤独を際立たせる。ここに誰かが生きていた。ただそれを感じるだけの孤独を私たちは乗り越えられるんだろうか。

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