水木しげるから浅野いにおまで! 20人の漫画家たちは「戦争」をどう表現したのか?『戦争×漫画 1970-2020』

マンガ

更新日:2021/8/12

『戦争×漫画 1970-2020』(小学館)

 この夏、“戦争”について読んでおきたい一冊が『戦争×漫画 1970-2020』(小学館)だ。

 実際に南方へ兵士として従軍した水木しげるを筆頭に、滝田ゆう、松本零士といった戦前生まれの漫画家から、山上たつひこ、花輪和一の戦後世代、そして浅野いにお、さそうあきら、高橋しんといった現代まで20人の漫画家による戦争漫画アンソロジー。

 戦争をテーマにしながらも、漫画家それぞれにその眼差しは様々で、また表現の多彩さに漫画ならではの力を感じられる一冊だ。

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『砂の剣』(比嘉慂/小学館)

 たとえば水木しげるの『人間玉』は、太平洋戦争時に自身が南方へ向かうぎゅうぎゅう詰めの輸送船の中での出来事を、水木氏独特のユーモアと諦念で描かれ、比嘉慂(すすむ)の『砂の剣』では沖縄に戦火が近づく中、ある小さな島に日本軍の守備隊が赴いたことで起こる顛末が実際の出来事を基に描かれる。また、くれよんカンパニーの『ワスレモノ。』では、警視庁の遺失物センターに務める岡崎が、“千人針”(出征する人の無事を祈って千人の女性がひと針ずつ縫ったお守り)の忘れ物に関心を持ったことから持ち主を探すという話が描かれる。これらは戦争への関心、知識がいかに必要なのかを問う内容となっている。

 本書『戦争×漫画 1970-2020』は、2015年に発売された雑誌『ビッグコミックオリジナル』の「戦後70周年増刊号」が底本となっている。この底本が発売された年は安全保障関連法が成立し、集団的自衛権において「国の存立が脅かされる明白な危険」などの要件を満たす場合、自衛隊が海外で武力を行使できることになり、日本の安全保障政策において重要な年であった。

 現代の日本において、現実的な“戦争”の影が見え始めたころに本書の底本が発売されたという背景を踏まえると、浅野いにおの『きのこたけのこ』における寓話や、憲法9条へのメタファーである石坂啓の『さよなら憲ちゃん』などの作品への解釈や理解も深まる。

『ほーむ・るーむ』(竹熊健太郎・羽生生純/ナンバーナイン)

 一方で、終戦により小学校教育が軍国主義から民主主義へと様変わりした姿をユーモラスに描いた竹熊健太郎と羽生生純の『ほーむ・るーむ』は、90年代に発表された作品ながら、今読むと民主主義の描き方にアイロニーを感じ取れてしまうのは面白い。

 漫画の想像力、視点の豊かさによって「戦争」が描かれると、20人の作家だけでもこれほどの多様な視座が現れ、読者は戦争についてより深く、より直感的に考えられるようになる。これは物語と絵の力にほかならない。

 本書を開くと口絵に藤田嗣治の『アッツ島玉砕』が現れる。1943年(昭和18年)、北方のアリューシャン列島の孤島、アッツ島で日本軍守備隊と米軍との激しい戦闘が起こり、日本軍守備隊のほぼ全員、2600名以上が戦死した。当時の日本軍の大本営は「全滅」を「玉砕」と言い換え、敗北を美化しようとした。陸軍はその宣伝として藤田嗣治に絵の制作を依頼した。

 藤田の「アッツ島玉砕」を、今改めて見てみると、折り重なる兵士の死体の上で銃剣を構える兵士の姿は勇壮さや英雄のイメージとはほど遠く、そこには戦争への醜悪さが凝縮されているのが見てとれる。

 戦争のアンソロジーを漫画で表現した本書を開くと現れる口絵に「アッツ島玉砕」を選んだ選者は、漫画の力を心から信じている人なのだろう。

文=すずきたけし

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