国語辞典界の“食通”『三省堂 国語辞典』の改訂で分かる「ラーメン」の変化

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更新日:2021/9/15

国語辞典を食べ歩く
『国語辞典を食べ歩く』(サンキュータツオ/女子栄養大学出版部)

 世界にはありとあらゆる料理が存在し、毎年いろんな料理が流行している。そんな無数の料理を、国語辞典ではどのように扱っているのだろうか。国語辞典は、各出版社が10年もの長い月日をかけて改訂するもの。どの言葉を掲載し、どの言葉を掲載しないか、その線引きは、各社の国語辞典の個性の見せどころなのだ。

 そんな国語辞典の奥深さがわかるのが、『国語辞典を食べ歩く』(サンキュータツオ/女子栄養大学出版部)。この本は、学者芸人のサンキュータツオさんが代表的な国語辞典から食べ物に関する言葉を読み比べた一冊だ。それぞれの国語辞典で料理名がどのように表現されているのか、あるいはあえて掲載していないのか。読み比べてみると、出版社ごとの特徴が見えてくる。

国語辞典界の「食通」は、『三省堂 国語辞典』

 たとえば、『三省堂 国語辞典 第七版』はかなりの「食通」だ。あぶらそば、つけめん、カルパッチョ、ガレット、ケバブ、シーザーサラダ、ザワークラウト…。これらがすべて掲載されているのがこの辞典なのだ。

 一方、雑学に強い『明鏡国語辞典 第三版』では上記に挙げた中だと「あぶらそば」「ケバブ」の掲載はないが、「シーザーサラダ」では「メキシコ・ティフアナ市のレストラン名(Caesar’s)に由来」との情報まで盛り込み、料理の素材や作り方が三省堂より詳しい。

 だが、一方で、保守派の『岩波国語辞典 第八版』では、上記のものだと「ザワークラウト」以外は掲載しておらず、特に外国の料理には無関心のよう。タツオ氏は、まるで「そんなものは百科事典や現代語辞典に任せておけ」とでもいっているようだと言う。料理の名前だけでも、辞典ごとにこんなにも特徴が出るのだ。


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改訂でわかる「ラーメン」の変化

 今や日本を代表する料理となったラーメンは、国語辞典でどのように表現されているのだろうか。保守派の『岩波国語辞典 第八版』では、「中国風の麺料理の一つ」と、あっさり表現。

 一方、「食通」の『三省堂 国語辞典 第七版』では、「しょうゆ味・みそ味・塩味などのスープに、メンマ・チャーシューなどをのせた中華そば」と、短い説明の中にスープの種類や具まで載せるこだわりを見せる。実は、三省堂の国語辞典、1960年の初版では、ラーメンを「いちばん ふつうの、中華そば。」と説明。

 1974年の第二版では「しなちく・やきぶたなどをのせた いちばん ふつうの、中華(チュウカ)そば。しなそば。しょうゆ味のつゆをかけて出す。」と改訂された。1970年代は、ラーメンといえば、しょうゆ以外のスープはあまり認知されていなかったのだろう。語釈から「いちばんふつうの」がとれたのが、2001年の第五版。スープの種類を冒頭に記載したのもこの版からだ。ラーメンが日本を代表する料理になり始めたのも2000年代頃のこと。三省堂はその動向をしっかり見極めて改訂を行ってきたようだ。

日本の冬の味覚「おでん」…人気があるのにあまり掲載されない具とは?

 冬に食べたくなる日本料理「おでん」。国語辞典に記載されている具のランキングをつけてみると、主要16冊では、堂々1位は16票で「こんにゃく」。ついで2位が12票で「野菜(大根)」。続いて3位が9票の「ちくわ(焼きちくわ、竹輪)」、4位は「はんぺん」「がんもどき」が同票7票だった。ここで「あれ? たまごの記載はないの?」と疑問に思った人も多いかもしれない。

 実は「たまご」の記載があるのは、主要16冊の中では『岩波国語辞典 第八版』だけ。「大根・こんにゃく・ゆで卵などをだし汁で長時間煮込んだ料理」という記載のみなのだ。「どうして『たまご』ではなく『ゆで卵』という表現なのだろう」と思うかもしれないが、タツオ氏曰く「だし巻き卵を具にするわけではないということを区別するために「ゆで卵」としているのかもしれない」とのこと。…なるほど。国語辞典では、短い文章でも誤解なく伝わるように、細かな表現も注意深く記載しているのだろう。

 国語辞典を読み比べ、「食べ比べ」てみると、その偉大さがわかってくる。国語辞典には、編集方針という哲学が細部まで宿っている。改めて一文一文をじっくり読んでみると、その創意工夫にきっとあなたも唸らされるに違いないのだ。

文=アサトーミナミ

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