作詞家・松本隆が喫茶店で語った、いまを生きるための言葉が心にささる1冊

文芸・カルチャー

公開日:2021/8/14

喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
『喫茶店で松本隆さんから聞いたこと』(山下賢二/夏葉社)

 会話というのは、声を発して話をすることで周囲の空気を震わせ、その音の波が相手の耳へ伝わり、相手が理解することで成り立つものだ。しかしその音の波はすぐに消えてしまうので、自分の頭の中で相手の言葉を記憶しておかないと、話した内容もいずれ消えてしまう運命にある。

 しかし相手の発言に感じ入ったり、悩んでいることにヒントや答えを与えてくれたり、必死の思いや願いであったり、大切な人が贈ってくれた言葉といった自分の心の奥深くまで届いた話は、長く記憶に残るものだ。そして時折その言葉を記憶の箱の中から取り出して噛み締めると、改めて温かな気持ちに包まれる。その一番良い保存方法が、聞いた話を文章としてまとめておくことだろう。もちろん録音でも動画でも構わないが、紙に落とし込まれた文字というのは、話とはまた別の温かさを持っているものだ。

『喫茶店で松本隆さんから聞いたこと』(夏葉社)はタイトルの通り、書店営業や企画編集などを行う京都・ホホホ座のメンバーである山下賢二さんが、作詞家の松本隆さんから京都の喫茶店で聞いた話を一冊にまとめたものだ。 大きさは新書サイズほど。カバンに入れておけば取り出していつでもどこでも読める。また表紙が古いスナップ写真のような絹目印画紙調のエンボス加工なのも、長い年月を経て紡ぎだされた言葉であることを感じさせる。

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 本書には「認められたい」「不安について」「賢さについて」「恋について」「友情について」など生きているとぶつかる問題、そして「音楽について」「詞のつくり方」「オリジナリティについて」「発想について」といったものづくりに関して、さらに「二〇歳のころ」「細野晴臣」「音楽について」「筒美京平と太田裕美」など自身のことや音楽にまつわる話、SNSについての考えなども収められている。

 松本さんは才能について、こんなふうに語っている。

神様から借りてるもの。だから、命と同じだね。あんまり自分固有のものとは思えないんだよね。もうちょっとオープンなもの。死ぬときに返すもの。大小あるけど、必ずなんかの才能はみんなあると思う。ただ、向き・不向きがあるじゃない? それがたまたまピッタリ合ったときに、爆発的に加速する。それが僕の場合は歌詞だったっていう。

 この本にあるのは松本さんの生のままの思いや考えだ。言葉を抜き出したり、切り刻んだり、自分の都合のいいようには解釈されていない。松本さんが実際に喫茶店で空気を震わせ、発した言葉があるのだ。

「孤独について」では“卵”というモチーフを使い、聞く人がイメージしやすい話として示されている。

体面ばっかり気にしていくと、自分の尖った部分を削らなきゃならない。尖った部分にいいところがあったりするのに、みんなに「それを直せ」っていわれて、考えもなしに削っちゃう。そうすると、ただの丸坊主になる。たまごみたいな人間。逃げられないし、手がなければ戦えない。踏まれたら、グシャって潰れちゃう。
そうは言っても、孤独にほんとうに打ち勝つのは不可能だから、戦える自我みたいなものを育てるわけ。「俺は違うんだ」っていう。その自我はとっても同調圧力というのを嫌うんだよ。

 本文の行間には、喫茶店で山下さんが問いかけた言葉があるはずだが、ここには残されていない。それは山下さんだけのものであって、本を読んでいる人は自分の言葉で松本さんに質問していると思ったらいい。あなたの問いかけに対し、「教えてもらったこと」でも「諭されたこと」でもない、松本さんから「聞いたこと」をどう受け止めるのかは、読む人の自由だ。そして深く心に刻まれた松本さんの言葉は、思い出すたび必ずやあなたの心を温めてくれる。美味しいコーヒーを飲みながら、ぜひどうぞ。

文=成田全(ナリタタモツ)

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