事件解決のカギは「現実の野球史」に! カープファン作家が生み出した“本格野球ミステリ”

文芸・カルチャー

公開日:2021/8/17

野球が好きすぎて
『野球が好きすぎて』(東川篤哉/実業之日本社)

 長年、多くの推理小説を貪り読んできたミステリファンの中には「一風変わったミステリ小説を手に取りたい」と思い、まだ見ぬ作品との出会いに心躍らせている人も多いはず。

 そんな人に、ぜひともおすすめしたいのが人気作家・東川篤哉氏が手掛けた『野球が好きすぎて』(実業之日本社)。東川氏といえば、ユーモア・ミステリの名手。これまでに、櫻井翔主演で映像化された『謎解きはディナーのあとで』(小学館)や、ギャグの裏に配された鮮やかな伏線回収が見事な『交換殺人には向かない夜』(光文社)など、唯一無二の推理小説を多数、世に送り出してきた。

 本作はなんと「野球×ミステリ」という斬新な設定。広島出身である東川氏のカープ愛も存分に感じられる連作短編小説となっている。

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謎のカープ女子が難事件を次々と解決!

 2016年、夏。東京近郊では、有名選手のサイン入りユニフォームを着た野球ファンがマスクをした男に襲撃されるという奇妙な事件が多発。被害者の年齢や性別、職業はバラバラ。犯人は球団や選手に対するこだわりを一切持っていないようで、ただただ貴重なお宝ユニフォームを脱がせ、持ち去っていた。

 そんな中、殺人事件が発生。刺殺された被害者男性が来ていた広島カープのユニフォームには選手の直筆サインが入っていたことから、本件も同一犯による犯行だと考えられた。

 この事件を解決すべく立ち上がったのが、警視庁捜査一課の若手刑事・神宮寺つばめ。つばめは、同じく刑事で熱狂的なヤクルトスワローズファンの父親と共に捜査を開始。被害者が生前通っていたベースボール・バーで聞き込みをすることに。しかし、有力な情報が得られず、捜査は行き詰まってしまった。

 そんな時、店内で声をかけてきたのが背番号「!」のユニフォームを着た女性。どうやら熱狂的なカープファンのようで、赤い眼鏡や赤いカチューシャも身につけていた。彼女は被害者が被っていた赤い帽子に着目。つばめたちにある質問を投げかけ、殺人事件の裏に隠されていた真実を瞬く間に暴いてみせた。

 たぐいまれなる推理力を見せつけられたつばめたちは驚愕するも、この出会いを期に、謎のカープ女子の力を借りながら、野球ファンが起こす数々の珍事件を次々と解決していく。

事件解決のカギは野球界で起きた「実際の出来事」に!

 本作にはヤクルトスワローズファンの刑事や謎のカープ女子以外にも、さまざまな球団を心から愛する野球ファンが続々と登場。選手を思い、チームを一心に応援する彼らの姿に自分を重ね、思わずニヤっとしてしまう。

 そして、5つのミステリはどれも野球界で起きた「実際の出来事」が事件解決のカギとなっているからこそ、面白い。通算2000安打を記録した阿部慎之助選手の快挙や横浜DeNAベイスターズで活躍していたスペンサー・パットン投手の不祥事、降雨の影響を受けた2018年の広島VS阪神戦など、2016年から2020年までの間に話題となった野球ネタがふんだんに盛り込まれており、野球ファンの読者はあの日を思い返しながら本格ミステリに浸ることができるのだ。

 なお、東川氏は事件解決の肝となる野球史を丁寧に説明しつつ、ストーリーを進めてくれているので、スポーツに明るくない方もご安心を。実際、筆者もそれほど野球に詳しくはないのだがスラスラ読み進められ、野球を用いたアリバイや練り込まれたトリックを存分に楽しむことができた。

 また、長きにわたる作家生活の中で東川氏が初めて記したという「あとがき」も要チェック。ユーモラスに語られている小説誕生の経緯や、5つの収録作品にまつわる裏話は必見だ。

 野球界を賑わせた珍騒動や歴史的快挙をもう一度楽しめるこの野球ミステリは、スポーツ界が何かと厳しい状況に立たされている今だからこそ、手に取りたい1冊。白熱したあの日の空気感や高揚感、応援しているチームが負けた日のくやしさなど、これまでの野球ファン人生の中で味わってきた熱情を再度噛みしめ、野球愛をより高めてみてほしい。

文=古川諭香

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