映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』が大ヒット! 悩める主人公はガンダムの歴史に革命の光を灯すか?

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公開日:2021/8/21

 閃光とは瞬間的に放たれる光。ストロボのようなまぶしい光と、目に沁み込むような残像。刹那に映し出される世界。そこに見えたものは――40年を経て、たどりついた境地か。あるいは革命家を目指す青年の姿か。

 現在全国の劇場で上映されている『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』が大ヒットしている。

閃光のハサウェイ

 2021年6月11日の公開から2週間で興行収入10億円、7月3日までに15億円を達成。8週目となる8月2日には20億円を突破。1979年に始まった『機動戦士ガンダム』は数多くのシリーズ作品が劇場公開されてきたが、興行収入10億円を超えた作品は1988年に公開された『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』以来33年ぶりだという(『逆襲のシャア』は興行収入11億3000万円を記録)。

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閃光のハサウェイ

 そんな『ガンダム』シリーズの中で、この作品がなぜ注目を集めたのだろうか。それはひとえに、新しい切り口で描かれているからだ。その切り口のひとつが「光」の表現だ。この作品は、言ってしまえば「光」、いや「閃光」の映画になっているのである。

 最初に「光」を感じるのは、映画冒頭のアバンタイトルだ。

 この作品は、宇宙のシーケンスから始まる。太陽の光の中に浮かぶ、スペースコロニーのシルエット。やがてカメラは、太陽の光を浴びる月を映し出す。そして、その月の前に見える、何かのシルエット。やがて、そのシルエットは、一隻のスペースシャトルであることがわかる。宇宙空間では大気の影響がないので、太陽光が鋭く輝く。光が強ければ、闇が深く濃くなる。シャトルの漆黒のシルエットの中にぽつんと灯る小さな光へカメラが寄っていくと、その光はシャトルの窓であり、その窓の向こう側には特権階級の人々の客室があることがわかる。その客室では富裕層たちや政治家たちが酒を呑み、妻帯者にも拘らず、若い女を口説こうとしている。そんな状況を淡々と見つめる、ひとりの男が現われて――。

「光」に導かれるように、物語の舞台は宇宙からシャトルへ。冒頭から、わずか1分。映像だけで、作品の世界観を見せていく。本作のスタイリッシュさとテーマが詰め込まれているアバンタイトルだ。

 こういった「光」の表現は戦闘シーンでも大いに発揮される。本作にはモビルスーツという巨大な人型兵器が登場するが、物語の中盤でこのモビルスーツが深夜の東南アジア・ダバオの市街地を空襲する場面がある。モビルスーツは背中に背負ったバックパックから炎を噴出しながら空を舞い、夜の暗闇を切り裂くようにビーム兵器を発射する。ビームの粒子をまき散らしながら飛び交う光線。たちまち燃え上がる市街地。爆発の光で照らされた街はすでに瓦礫の山になっており、燃えさかる炎は逃げ惑う人々を映し出す。暗闇を切り裂く光は、モビルスーツという兵器の恐ろしさをあぶりだすのだ。

 また、後半のモビルスーツ同士による夜間空中戦のシーンも、光が饒舌に語っている。

 ジェットの炎で照らされる機体。銃弾の光と、ネオンのようなビーム光が飛び交い、爆発が一瞬だけモビルスーツを照らす。夜の暗闇は全てを覆いつくし、ビームやミサイルによる攻撃だけが、両者の関係を明示する。そして、お互いのビームサーベルが交差してフラッシュしたときに、お互いの機体がはっきりと見えるのだ。光によって両者の表層的な関係(敵と味方という対立関係)が描かれ、暗闇ではさまざまな葛藤やドラマが重ねられているのである。

「光」を使って描いているものは、そういった映像表現だけではない。この作品では、ドラマ面においてもキャラクターたちが光を放ち、主人公の青年ハサウェイ・ノアの揺れ動くナイーブな心理を照射していく。ハサウェイ・ノアは、マフティー・ナビーユ・エリンと名乗り、連邦政府の要職にある人々を粛清しようとしている組織のリーダーだ。だが、そのマフティーの思想は、かつての革命家シャア・アズナブルから受け継いだもので、彼自身はまだ迷いの中にある。そんな迷える彼を、ギギ・アンダルシアという、まぶしい美貌の女性が照らしだしてしまう。

「やっちゃいなよ、そんな偽物なんか」

 特権階級専用往還シャトルをテロリストが襲撃したとき、初対面のギギがハサウェイにそう叫ぶ。その言葉はフラッシュの光のように鋭い。

 銃器を持つ狂暴なテロリストを前にしてもひるまない、まぶしい少女の言葉によってハサウェイは目覚める。その瞬間、ハサウェイはテロリストをたったひとりで圧倒。ハイジャックされたシャトルを奪い返してしまうのだ。その後、ギギはハサウェイの心を揺さぶるようにさまざまな言葉を彼に投げかけていく。

「マフティーのやり方、正しくないよ」

「やっぱり怖いことするよ。あなた」

 美しさを自覚しているギギは、影のように生きてきたハサウェイに鋭い言葉を浴びせる。彼女はハサウェイの真実を知っているのか、かまをかけているだけなのか。それとも、彼女は心を見抜く超能力のようなものを持っているのか。鮮烈な光を放つ彼女に、ハサウェイの心はあぶりだされていく。

 マフティーの思想は「地球を保全するために、全人類を宇宙へ送り出す」というもの。それは『ガンダム』シリーズに登場したキャラクター、シャア・アズナブルが提唱した「宇宙に移住した人々を守るために、地球人類を粛正する」という考えをベースにしている。『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』(1988年公開)という作品で、ハサウェイは13歳の少年として登場している。そこで彼は、政治家の娘であるクェス・パラヤと宇宙へ向かうシャトルの中で出会う。彼は宇宙で父のブライト・ノアや『機動戦士ガンダム』の主人公アムロ・レイと合流するが、クェスは敵であるシャアのもとへ。シャアの「地球に小惑星を落とし、地上を壊滅させる」作戦に参加してしまう。

 革命家のシャアに惹かれていくクェスを止めるため、ハサウェイは戦場に向かう。だが、ハサウェイと再会した彼女は「だから子どもは嫌いだ。図々しいから」と、彼の言葉を聞こうともしない。そして、彼女はハサウェイの目の前で戦死してしまうのだった。

 気まぐれでつかみどころがない、鮮烈だった初恋の女の子、そして突然の惜別。劇中では描かれなかったけれど、おそらくハサウェイは自分の無力さに絶望し、自分の未熟さに後悔を重ねたことだろう。それから13年後。ハサウェイはマフティーとなり、初恋の女の子クェスを思わせる奔放さと鋭さを持った女性ギギと出会う。瞳の奥に未だに残る、光の残像が彼を惑わせる。はたしてハサウェイはこれからどんな光を放つことになるのだろうか。

 本作の原作は『ガンダム』シリーズの生みの親・富野由悠季氏が1989年から1990年にかけて手掛けた同名小説。地球の人口爆発が起きたことで生存圏をめぐり、追い詰められた者たちがテロリズムに走る世界観は、執筆から30年経った現在においても刺激的だ。センチメンタルな筆致で、ハサウェイとギギ、ほか登場人物たちの関係を読み応えたっぷりに描いている。本作を最高傑作と呼ぶ人も多い、小説家・富野由悠季の本領を感じる一作だ。小説版も全3部作、劇場版『閃光のハサウェイ』も3部作の公開を予定している。

 迫力あふれる巨大ロボットによるアクション、スタイリッシュな映像演出、そしてナレーションや説明セリフを排したドライなドラマ。これまでの『ガンダム』シリーズから一線を画し、シリーズを見たことのない人にも、存分に楽しめる重厚な映画になっている。すでに多くのファンが高く評価している作品だが、その真価はいかほどか。ぜひ、ご自分の目で確認してほしい。

文=志田英邦


『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』公式サイト
http://gundam-hathaway.net/

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