崖っぷち芸人が漫才日本一を目指す! 元放送作家が描くリアルな物語に、現役芸人も「すべての芸人に読んでほしい本」

文芸・カルチャー

公開日:2021/8/21

ワラグル
『ワラグル』(浜口倫太郎/小学館)

 多くの人にとって、「芸人」はテレビの向こう側にいる存在だ。華々しい活躍の裏に、どんな苦悩や努力があったのか……そこまで想像する人はあまりいないだろう。そんな芸人の“裏側”を追体験させてくれるのが、『ワラグル』(浜口倫太郎/小学館)。崖っぷちでもがく“ワラグル(笑いに狂う)”人たちを描いた、芸人の起死回生物語だ。

 本書は、境遇の異なる3名の視点を交錯させながら進行する。1人は、漫才の賞レース「KOM(キングオブ漫才)」優勝を渇望する中堅芸人・加瀬凜太。相方に解散を宣言されてしまうが、芸歴10年を超えた彼は新たな相方探しもままならない。2人目は、破天荒なネタが持ち味の若手芸人・マルコ。同じく「KOM」優勝を目指すが、相方とのコンビ仲が最悪で会話すら難しい。3人目は、大学生の青年・興津文吾。恋人の梓が放送作家を目指しており、彼女の影響でお笑いを見るようになる。

 さまぁ~ずの三村マサカズさん は、「すべての芸人に読んでほしい本」と本書を紹介していた。ここでは、いちお笑いファンである私が考える本書の見どころを、3つのポイントに分けて紹介したい。

advertisement

人間模様

 なにより惹きつけられたのが、登場人物たちの生々しさである。個性豊かな彼らは、本書を読んでいると自然と脳内で動き出す。喋り、苦悩し、漫才をし、泣き、笑い……まるで映画を観ているかのような臨場感だった。また、芸人たちをめぐる人間模様にも注目してほしい。先輩・後輩の関係性や、嫉妬、僻み、憧れなど……芸人独特の温度感が伝わってくる。

 またお笑い好きであれば、読み進めながら「この芸人のモデルって、もしかして……」と想像したくなるはずだ。随所に仕掛けられたヒントから、ストーリーの外側に想いを巡らすのも楽しい。

賞レース

 本書には、漫才日本一を決める賞レース「KOM」に挑む芸人たちの心情がリアルに描かれている。“死神”の異名を持つ作家・ラリーのもと、芸人たちは理不尽なほど厳しい特訓を重ねる。戦略を練り、プライドを曲げ、ときに頭を下げてまで食らいつく。

 メディアに出て有名になることを“売れる”とするならば、今は賞レースを経ずとも売れることができる時代だ。YouTubeやSNSがバズって人気に火が付くこともあるし、趣味や特技が仕事になることもある。それなのに、多くの芸人は「賞レースで決勝に行きたい。優勝したい」と口にする。本書を読むと、芸人が賞レースにこだわる理由が少し分かる気がする。登場する芸人たちと悔しさや喜びを共有すると、まるで自分もともに優勝を目指しているような気持ちになるのだ。

裏方

 よほどのお笑い好きでなければ、芸人を支える“裏方”を意識することはないだろう。芸人の行く末は本人だけでなく裏方の実力にも左右されるが、そこが語られることはあまりない。本書のメインには放送作家とマネージャーが据えられ、特に放送作家については細やかに描かれている。文吾の目線で語られる、梓の死に物狂いの努力は、読みながら「フィクションで良かった」と思ってしまうほどの過酷さだ。

 本書の著者・浜口倫太郎氏は、元放送作家という経歴を持つ。放送作家とはどんなものなのか、芸人から何を求められ、どんな成果を返す必要があるのか……。自ら経験し実感しているからこそ描ける“裏方像”は、胸に迫るものがある。

 本書を読了したスピードワゴン・小沢さん が、Twitterで「今年もM1が楽しみになった。僕はずっと漫才師に憧れてる」と感想をつぶやいていた。私はただのお笑いファンだが、読み終わったとき同じようなことを思った。今年の賞レースが例年以上に楽しみになったし、芸人、特に漫才師への憧れが大きく膨らんだ。お笑い好きもそうでない方も、ぜひ『ワラグル』の世界を体験してみてほしい。

文=堀越 愛

あわせて読みたい