『魔人探偵脳噛ネウロ』『暗殺教室』の松井優征氏最新作は、南北朝時代を描く歴史ファンタジー!

マンガ

更新日:2021/8/23

逃げ上手の若君 1
『逃げ上手の若君 1』(松井優征/集英社)

 日本の漫画は今や世界に誇れる文化であり、漫画家を目指す人も多いだろう。とはいえ、やはり厳しい世界には違いなく、ヒット作を生み出せる作家はごく一部だ。さらにヒット作に恵まれた作家の次回作が成功するかといえば、そうならない場合も多い。だからヒット作が続いた作家はやはり才能があるのだろうし、次はどんな作品がくるのかとワクワクしてしまう。漫画家・松井優征氏もまさにそのひとりで、氏の描いた『魔人探偵脳噛ネウロ』や『暗殺教室』はいずれもヒットし、アニメにもなった。そして松井氏待望の最新作となるのが『逃げ上手の若君 1』(松井優征/集英社)なのである。

 氏の過去作は魔人や謎の生物が登場するファンタジーな設定だったが、今回は実在の人物が主人公となる、いわゆる「歴史もの」。そう聞くと、徳川家康など著名な人物を普通は想像するのだが、松井氏はやはりひと味違った。本作の主人公は「北条時行」(ほうじょう ときゆき)なのである。歴史に詳しい人でも一瞬「誰?」となるだろうこの人物は、鎌倉幕府の執権・北条高時の息子。そう、時代でいえば南北朝時代の人物なのである。教科書では「中先代の乱」という用語と共に出てくる人名で記憶することも多かろうが、とにかく非常にマイナーな人物といえるだろう。

 物語は鎌倉幕府が足利高氏(後の尊氏)の離反により、突然の滅亡を迎えるところから始まる。時行は「逃げ上手」と揶揄される逃げ足の速い少年で、滅びゆく鎌倉から辛くも脱出。その手助けをしたのが、信濃国(現在の長野県あたり)諏訪の神官・諏訪頼重であった。頼重は自ら「未来が見える」のだといい、時行が「生存本能の怪物」であり「天を揺るがす英雄になる」と予言。時行を自領である諏訪まで連れ帰るのである。

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 もちろん時行は歴史上の人物であるから、その生涯自体は定まったものである。しかし当然、本作は漫画ならではのフィクション性も多分に盛り込まれている。特に諏訪頼重は「未来が見える」ということで、かなり奔放な人物として設定。「寝起きドッキリ」などの現代ネタを、ギャグシーンとして使ってくるのだ。松井作品には「残酷描写とギャグシーンの絶妙な調和」があると私は考えているが、本作でもそこは非常に感じられる。

 そしてストーリーは、やはり「ジャンプ」作品らしい王道さに溢れている。「貴種流離譚」という物語の王道設定を用いつつ、時行の前に親族の仇である五大院宗繁などの強敵が次々に登場。それら難関を彼の郎党となる「弧次郎」「亜也子」「雫」と共に、力を合わせて退ける。そして郎党たちも時行と同年代の少年少女であり、彼らの交流もまた物語の見所だ。まさに「友情・努力・勝利」というジャンプお約束かつ痺れる展開なのである。

  本作は史実の縛りに囚われない面白さに満ちている。殊に南北朝時代の人物たちは不明な部分も多いので、想像の入る余地は大いにありそうだ。さらに魔物っぽいものがよく登場する松井作品だけに、そういう部分でも期待できるかもしれない。個人的には、この時代の人物では北畠顕家が大好きなので、少々先の話になるのかもしれないが、彼がどのように描かれるのかも気になるところ。松井作品のファンにはもちろんのこと、歴史ものが好きだという人にもオススメできる、非常に優良な作品だ。

文=木谷誠

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