じっくりと、しっとりと、ずっしりと

小説・エッセイ

公開日:2012/9/10

月と蟹

ハード : PC/iPhone/iPad/WindowsPhone/Android 発売元 : 文藝春秋
ジャンル: 購入元:eBookJapan
著者名:道尾秀介 価格:1,155円

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夏の終わりにひとつずっしりとした、小説が読みたいと思っていました。道尾氏の作品は初めてでしたが、『月と蟹』というミスティックなタイトルに惹かれて購入。電子書籍とはいえ、装丁も本への興味を助長してくれるようなタイトルとの絶妙なビブラートを見せています。

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そして335ページあったのですが、一気に「読み干した」という感。「カニは食ってもガニ食うな」という祖父昭三の言葉で物語りは始まりますが、私の父も言っていたので突然ながら、第1行から道尾ワールドへどっぷりと。主人公慎一は小学校4年生。父はガンで亡くなり、事故で左足を半分亡くした昭三と、事務員をする母純江との3人暮らし。舞台は鎌倉市近く。海があり、山がある。慎一は同じクラスの春也とヤドカリ捕りに熱中し、その後そのヤドカリを「ヤドカミ様」とあがめ始めるところから、物語はどんどん厚みを増してゆきます。

なにしろ、登場人物の描き方がいい。周囲の風景を正確に写しながら、各人物のディテールを綿密に細い筆で塗りつぶしてゆくような、丁寧な丁寧な描写。それでいて、物語のあらすじは、少しサスペンス的、推理的なドキドキハラハラを含み…。圧巻です。聞けば、2011年直木賞と。納得。電子書籍を読んでいると、同じ画面上でわからない言葉や、なんとなく気になったキーワードを、さっと別のウィンドウで検索したりするのですが、そういう「浮気」をまったくさせない大きな磁力を持つ、大文字の「作品」です。ハードカバーで持ってもいいなぁと思った久々の作家でした。小説万歳! という気持ちになります。

父親から暴力を受けている春也の「俺、なんかやりたいねん」「なんでもええねん」という言葉、「どうして全部うまくいかないのだろう」という子供のつぶやき。切なく、重く、夜の海を見るようなトーンですが、読後感は決して悲しくありません。絶対的にお勧めの1冊


かつて、子供たちは誰でも「秘密の場所」を持ってたものです

そしてヤドカリはヤドカミ様となり、願い事をかなえてくれる

慎一は父親に暴力をふるわれている親友春也を助けようと

道尾氏作品は、どの場面を切り取っても精密画のよう
(C)Shusuke Michio 2012