衝撃的な伏線回収が話題、ミステリランキング5冠の『medium』。 不可能と思われた続編の内容は?

文芸・カルチャー

更新日:2021/9/1

invert 城塚翡翠倒叙集
『invert 城塚翡翠倒叙集』(相沢沙呼/講談社)

 2019年、ひとつの小説が年末のミステリランキングを席巻した。相沢沙呼さんの『medium 霊媒探偵城塚翡翠』(講談社)だ。「このミステリーがすごい!」1位、「第20回本格ミステリ大賞」受賞をはじめ、同年のランキングで5冠を達成。同作が話題となったのは、いわゆる「特殊設定ミステリー」と呼ばれる設定のおもしろさと、ラストに待ち受けるとんでもないどんでん返しだ。

 探偵の城塚翡翠は、死者の言葉を伝えることができるという“霊媒師”。霊媒により真相を見通すことができるものの、証拠能力がない。そこで語り部である推理作家の香月史郎が、答えを知った上で現実的に推理していく……という風に話が展開される。逆転の構図から生まれるロジックの巧みさに加え、設定自体を逆手にとった結末が読者に大きな衝撃を与えた。

 そして先日、待望の続編『invert 城塚翡翠倒叙集』(相沢沙呼/講談社)が発売となった。しかし、本作の刊行が発表されたとき、ファンとしては一抹の不安がよぎった。城塚翡翠の物語をまた読めるのはうれしいが、前作のハードルが高すぎるのだ。読んだ人ならわかるだろうが、“アレ”はシリーズものでは1回しかできない。“アレ”が明かされた状態で、改めてシリーズのおもしろさを味わえるのだろうか……。

advertisement

 だが、そんな心配は杞憂に終わる。『invert』は、前作と違うことをやりながら、ファンを十二分に楽しませる秀作だったのだ。著者が今回選んだ手法は「倒叙ミステリー」。いわゆる「犯人当て」には主眼をおかず、明らかになっている犯人を探偵が追い詰めていく形式のミステリーだ。ドラマの古畑任三郎シリーズや、ガリレオシリーズを思い浮かべてもらえると想像がつくだろうか。

 3つの収録作は、すべて視点人物である犯人が、人を殺めるシーンから始まる。理由はさまざまで、自分の弱さに負けた者もいれば、正義と信じて手を下す者もいる。犯行が終わった後は、極力自分につながる手がかりを残さない。触った場所の指紋を丁寧にふき取り、アリバイをごまかす策を打つ。これで警察に捕まることはない。そう思ったところに、謎のあざとい美少女・城塚翡翠が現れる……。前作を読んでいれば、どんなに恐ろしいことかがわかるだろう。もはやホラーだ。

 筆者が思う倒叙の魅力は、第1に「犯人はどこで間違えたのか?」を考えることである。細かく描写される犯行の瞬間やその後の行動に、探偵に付け込まれる隙がある。ぜひ、注意深く犯行のシーンを読んでほしい。そして、第2に「探偵はどうやって犯人に気づいたのか?」だ。犯人が残したわずかな瑕疵や油断を、探偵は見逃さない。ときには策を弄し、逮捕のための証拠を集める。読者は、犯人側から物語にめり込むと同時に、追い詰められる理由を推理できる。叙述ミステリーは、この二層構造がたまらなく楽しい。

 読者が犯人を知った上で物語が進行する『invert』のおもしろさは、霊媒で見通した真相を元に推理する『medium』と通ずる。著者は、本作を倒叙ミステリーに仕立てることで、前作の構造的な魅力を引き継ぎながら、別ベクトルのおもしろさを付け加えた。本作もまた広く読まれ、多くの読者にとって、新しいミステリーの扉を開くことを願う。

文=中川凌 (@ryo_nakagawa_7

あわせて読みたい