子育てに悶々としている人必読! ヤマザキマリ流「強要しない」子育て放浪記

文芸・カルチャー

更新日:2021/8/30

ムスコ物語
『ムスコ物語』(ヤマザキマリ/幻冬舎)

「国境のない生き方」を体現している人といえば、ヤマザキマリさんの名が思い浮かぶ。古代ローマ人が現代日本にタイムスリップするお風呂マンガ『テルマエ・ロマエ』の作者として知られる彼女だが、その人生は波瀾万丈だ。

 14歳でヨーロッパ一人旅、17歳で高校を中退し、油絵を学びに単身イタリア留学。27歳の時に、10年間同棲してきた詩人との間に子どもができるも、シングルマザーになることを選択。一人息子・デルスさんとともに北海道に引っ越した後、35歳で14歳下のベッピーノさんと結婚。その後、研究者として働く夫に伴い、シリア、イタリア、ポルトガル、アメリカなどの国で生活……。あらゆる国々の暮らしはどのようなものだったのだろう。自由奔放、いつでも大胆な母親に、一人息子・デルスさんはどんなことを感じてきたのだろうか。

『ムスコ物語』(ヤマザキマリ/幻冬舎)は、海外を渡り歩きながら息子と暮らした日々を描くヤマザキマリさんのエッセイ集。巻末にはデルスさんによるエッセイ「ハハ物語」も収録されており、息子視点でのヤマザキマリさんの姿も知ることができる。

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 デルスさんは、幼い頃から「人生はいきなり旅や移動を告げられるもの」だと思い込んできたのだそうだ。北海道の大自然の中で幼少期を過ごしたデルスさんは、よくマリさんに近所の川や裏山に連れ出されたが、「来週あんたもイタリアに行くことになったから」とか「明日から南太平洋の孤島に行くから」などと、唐突に旅行にも連れていかれた。マリさんの結婚も、それを契機としたシリアへの引っ越しも突然だった。「我が家には予定調和というものがない」とデルスさんは諦めていたというし、だから、マリさんが急に何か言い出しても「いいよ」としか答えられなかったのだという。

 だが、国際引っ越しや無謀な旅を除けば、マリさんはデルスさんに何も強要してこなかった。「勉強しろ」なんて言われたことはないし、友達付き合いや遊びにも何の規制もなかった。それは、マリさんに「母親なら普通はこうする」という固定観念がないためだろう。マリさんはいつだって全力で子育てをしてきたが、子どもの存在は自分の生きる理由ではないことも自覚していたという。親子だからって変に依存し合うこともなく、互いが互いを認め、一人の人間として尊敬し合う。そんなマリさんとデルスさんの関係は何だか羨ましくさえ思えてしまう。

 マリさんの母、デルスさんにとっての「ババ」がデルスさんに習わせたチェロが、言葉の通じないたくさんの国でのコミュニケーションに役立ったこと。社会主義国・シリアで、どうしても『トムとジェリー』が見たくてDVDを注文した結果、税関から出頭命令がきてしまったこと。ポルトガルで、知り合いの勧めでデルスさんをエリート校に入学させることを検討するも、白人ばかりの環境、偏見ばかりの面接に違和感を覚えたこと。アメリカで、多言語スピーカーというだけでエリートコースに入ったデルスさんの高校時代が勉強漬けになってしまったこと。マリさんが忙しくしているうちに、デルスさんが自らの進学先にハワイ大学を選んだこと……。めくるめくワールドワイドなエピソードは日本での生活しか知らない私たちにとっては奇想天外。見知らぬ世界へのワクワクを感じさせられる。

 もしかしたら、私たちはあらゆる固定観念に縛られすぎているのかもしれない。「親ならこうすべき」だとか「子どもにはこうであってほしい」という思いに。子育てに悶々とするお父さんお母さんにこそ、この本を読んでほしい。この本から感じられる爽やかな地球の風に吹かれていると、何だか肩の荷が下りるような気がしてくる。

文=アサトーミナミ

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