これぞ令和のお仕事漫画! 広告代理店勤務の女性が本気で漫画家も目指す物語

マンガ

公開日:2021/8/27

ボーダレスネーム
『ボーダレスネーム』(谷中分室/集英社)

 令和は副業&複業の時代……という事で主人公の女性デザイナーがパラレルワーカーになる漫画『ボーダレスネーム』(谷中分室/集英社)を紹介する。

 広告制作という本業のほかにやりたいのは、漫画を描く事。片山津亜生(かたやまづあお)が、仕事で関わった漫画に心をつかまれ、子どもの頃に捨てたはずの夢を思い出すというストーリーだ。

漫画と邂逅を果たした“イイ大人”のクリエイターが一度捨てた夢を拾いにいく

 広告代理店勤務10年目になる亜生は「求められる答えも自分の限界も分かっている」「色々なモノに折り合いをつけられる」そんな31歳のイイ大人になっていた。そのポリシーは「上手くやる」だった。

 あるとき彼女は、国民的漫画雑誌「少年ステップ」の広告案件を任される。ただ亜生は複雑な思いにかられる。実は少女時代の夢は漫画家で、それを諦めたコンプレックスが澱(おり)のようになっていたからだ。

「ステップ」の編集者である石川友禅(いしかわゆうぜん)からのオーダーは「見た人に夢を与えられるモノ」。20年ぶりに漫画を読みプレゼン案を考えた亜生だが、上司の七尾丈青(ななおじょうせい)からは「よくまとまってはいる、だが先方の要望に応えられているか? 上手くやるだけが仕事じゃない」と言われてしまう。

 亜生は改めて「ステップ」を読み返し、少年漫画の魅力に思いをはせた。

 主人公たちは、夢や挑戦の陰につきまとう絶望によって傷つき悩む。だが読者は知っている、彼らがここで終わらない事を。描かれるのは絶望を乗り越える“強さ”だ。「ステップ」の漫画は何度でも立ち上がる勇気をくれる。

 20年避けていた漫画に背中を押された亜生は、徹夜で新案となる絵コンテを作る。「コンテって漫画に似ている…」そんな思いを頭によぎらせながら。

 翌朝のプレゼン前会議で、新案は七尾を含む仲間たちに絶賛され「ステップ」側にも喜ばれた。ほっとする亜生は、そのプレゼン後に編集の石川からこう耳打ちされる。

漫画描いてみませんか?
今日のコンテをみて…
片山津さんきっと描けると思うんですよね

 その言葉を本気で受けとらなかった彼女だが、自分の作った「少年ステップ」の完成CMを街頭モニターで目にし、その周りで盛り上がる人々を見て思う。「自分は人の心が揺れる瞬間が好きなんだ、それが一番出来るモノは何だろう」と。

 捨てた夢を拾い集めるのは“大人げない”だろうか?

 亜生は漫画を描き始める。だが簡単にはいかない。描きたいモノ、伝えたい想いがなかったからだ。

 石川は、漫画の経験がない亜生にしか見えない世界を自分も見たいと思った事と「アイデアは半径3メートル以内に存在する」と伝える。

 それはそこにあった。亜生は本業の広告制作をテーマに、漫画好きの後輩コピーライター・加賀千里(かがせんり)をモデルにしたキャラクターでネーム(下描き)を描きあげた。それを読んで褒めてくれた千里にすすめられるまま、完成させた作品を漫画投稿サイトにアップロードする……。

 ここから描かれるのは何でもそこそこ上手くやれる、イイ大人のカッコ悪さ。筆者はさらに手に汗を握り応援したくなった。

 コンプレックスに悩み、葛藤し、成長する亜生を描く本作は、一歩踏み出す勇気をくれる。これは主人公が大人の女性であっても、激アツな少年漫画そのものだ。

『ボーダレスネーム』は「週刊少年ジャンプ」のDNAを受け継ぐWebサイト「少年ジャンプ+(プラス)」らしい作品なのである。

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進む先は広告制作と漫画を両立するパラレルワーカーとしての未来

 今は軽い副業から本格的な複業(パラレルワーク)まで当たり前の時代だ。有名企業も副業&複業を解禁、推奨している。別の仕事が本業に好影響を与えるという発想である。

 だが仕事と社外活動の両立はたやすくはない。亜生の場合、広告制作も漫画も“時間が読める”作業ではないからだ。

 彼女はとある案件を任されチームリーダーになる。ただ漫画を描く時間との兼ね合いで、チェックとまとめだけで済まそうとし、七尾に呆れられる。「今の私に漫画を描く資格はない」と落ち込む亜生。

 漫画のほうも、彼女はアップしたサイトでの辛辣なレビューコメントを読み、ネガティブになり、本業でも心ここにあらずな状態に。また石川が正式に担当となった打ち合わせでは、ターゲット(読者)のニーズを満たそうと「ステップ」の作品を分析した企画を持ち込むが、こう言われる「これはあなたにしか描けないモノですか?」。

 もちろんこのままでは、終わらない。何度だって立ち上がる。

 複業は「自分がやりたいベクトル」の仕事を同時にやり、それらが掛け合わさって本人がレベルアップする。彼女はまだ漫画を「やってみたい」だけで仕事とは考えていない。しかし31歳にして「上手くやる」をやめ、本業と夢の両立を目指す事で、結果として相互に好影響を及ぼす、パラレルワーカーとしての未来へ一歩ずつ進んでいく。

 いま何かをがんばろうと思っているイイ大人たちは、きっと『ボーダレスネーム』に背中を押されるはずだ。「少年ステップ」から勇気をもらった亜生のように。

文=古林恭

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