家賃、子どもの学費、飲み代…江戸ではいくらだった? 『江戸のお勘定』が教えてくれる江戸の物価

文芸・カルチャー

更新日:2021/9/2

江戸のお勘定
『江戸のお勘定(MdN新書)』(大石学:監修/エムディエヌコーポレーション)

 江戸時代というと、私たちと縁遠い昔のように思えるかもしれないが、実は戸籍を辿れば江戸時代に生きた先祖まで行き着くことができる、案外近い「昔」といえる。私たちの祖先は、江戸時代にどのような暮らしぶりをしていたのだろうか。

『江戸のお勘定(MdN新書)』(大石学:監修/エムディエヌコーポレーション)は、江戸の物価を現代の貨幣価値に換算し、江戸時代に生きた人々の姿を浮き彫りにしている。本書は、落語「時そば」でも登場するポピュラーな値段である「そば一杯=16文=現代のそば一杯が大体500円前後」を基準にし、「1文=30円」「金1両=12万円」と設定している。

 さて、江戸で暮らすためには、まず家が必要だ。本書によると、落語に登場する庶民の代表格「熊さん」が住んでいた裏長屋の月の家賃は現代で2万4千円から3万円ほど。一般的な裏長屋の間取りは間口が約2.7メートル、奥行が約3.6メートル。入口には土間があって小さなかまどと流しが備え付けられており、トイレは共同便所。もちろん、風呂はない。令和時代の物件としては狭く不便だが、家賃としては安く、魅力的だ。

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 給料は上がらないのに物価が上昇し続けているといわれる日本だが、子どもにかける教育費は下がらない。月額総費用は万をゆうに超える塾が珍しくない。江戸時代の塾に当たる寺小屋は、たいてい6、7歳頃になると義務ではないものの通わせ始める家庭が多く、束脩(そくしゅう=入学金)は7500円から1万5000円、月謝は6000円くらいまで。こう見ると、案外安いようにも思えるが、一緒に勉強する子どもたちに配る煎餅(必須)を自腹で用意し、五節句の時には9000円ほど、夏の初めには畳代として6000円から9000円ほど、冬には炭代・暖房費としてやはり6000円から9000円ほど、さらには盆と暮れにもいくらかなど、さまざまな出費が加算される。江戸時代には寺小屋の普及で識字率が急激に高まったといわれるが、子どもの教育にかける金額に下支えされてこその成果だとわかる。

 コロナ禍で居酒屋での嗜みが難しくなっている現在。実は、居酒屋らしいものができたのも江戸時代だと本書は紹介している。1升の定価は3720円から3960円ほどと現代に比べるとやや高いが、“よくないもの”であれば2400円から3000円ほど。幕末になると、上酒が1合1200円と、それまでの上酒の価格に比べればずいぶんと安くなったそうだ。つまみを見ると、田楽は1本60円、枝豆はかなり高く、分量は不明ながら“1回分”で900円。ただ、枝豆はいちいち注文しなくても商人が家の前まで売りに来てくれた。

 江戸時代に生きた庶民の代表的な娯楽といえば、寄席。幕末には各町内に1軒はあり、480円から840円ほどで入場できた。芝居見物も庶民に人気の娯楽だったが、こちらは庶民が前日から興奮でなかなか寝られず、1日がかりで大散財する性質だったらしく、4人で見物する相撲の升席のような土間の料金が5万円、敷物代が4000円、菓子が5000円、酒が4000円、肴代が7000円、夜食が1万5000円。なるほど、気合いも入るというものだ。

 最後に、不倫の対価を紹介して、本記事を終わろうと思う。本書は、江戸時代の不倫は密通として立派な犯罪であったこと、そして不倫相手の夫に訴えられれば、その男はたいてい追放刑や死刑となることを紹介している。また、夫が、密通をした自分の妻と、その相手を斬っても罪にはならなかったそうだ。とはいえ、そうした事例は少なかったという。平和だった江戸時代に人を斬ると大騒ぎになるし、「寝取られ男」のレッテルを貼られることをよしとしない男が多くいたからだろう、と本書は推測している。そこで、内済(示談)が発生する。本書は、奉行所に訴えられた密通の判例を元に、江戸時代では示談金の相場が90万円ほどであったことを示している。当時の大坂では、やや安く60万円ほど。時代末期になると、江戸でも60万円に下がったという。

 生活篇、食事篇、娯楽篇、意外篇、再生篇といった章立てで、江戸時代の物価を豊富に紹介している本書。同書の内容を通して、江戸の庶民が貧しいながらも、金がないなりに生活を楽しんでいた様子を伝えてくれる1冊だ。

文=ルートつつみ (@root223

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