マジメに観なくてもいい!? 古今東西のサメ映画を集めた『サメ映画大全』が売れている妙

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公開日:2021/8/28

サメ映画大全
『サメ映画大全』(知的風ハット/左右社)

 夏だ! サメだ! サメ映画だ! ということでもう夏も終わりかけで海水浴場も閉鎖の中、古今東西のサメ映画を集めた一冊の本が売れているという。その名も『サメ映画大全』(知的風ハット/左右社)。

 サメが登場する映画ばかりを100作以上レビューしたこの本は、ある意味尊敬の念を抱かずにはいられない。

 なぜなら、サメ映画の中で「傑作」と呼べる映画はこの世の中に片手で数えても指が余ってしまうほど極少のなか(笑)、そのほとんどを鑑賞しなければならないというのは普通に考えれば時間の浪費としか思えないほどの労作な一冊だからだ。

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 本来、このようなマニアックなB級映画といえば、そのバカバカしさ、行き過ぎたケレン味、大味さを許容したなかで慈悲と寛容の精神で楽しむのが常であった。

しかし著者はそんなサメ映画に対して、果敢にも真摯な評論で挑んでいく。

“うかつに手を出したが最後、サメより先にあなたの気分が深く沈むことになるだろう”(『ジュラシック・ジョーズ』)

“すべてにおいてろくでもない一本だ”(『ジョーズ’96 虐殺篇』)

“本作で小さな人食いザメの前で試されるのは、視聴者の器の大きさに違いない”(『ピラニアシャーク』)

“その出来栄えはまさしく悪魔の所業だろう”(『デビルシャーク』)

“前作『トリプルヘッド・ジョーズ』に比べると、文字通り頭一つ抜けた出来栄えだろう”(『ファイブヘッド・ジョーズ』)

 本書ではほとんどのサメ映画の寸評にこのような言葉が並び、読み進めるうちに「この映画はどんな言葉で酷評しているんだろう」というところに興味が生まれてくるほどだ。

 あとがきでは本書執筆の1年と5か月はサメ映画ばかりで他の映画を観られなかったのが苦痛だったと著者はその苦労を吐露している。

 近年、この手の“サメ映画”は映画ファンの間ではかなり盛り上がっている。

 本書でもその火付け役は2009年に制作スタジオのアサイラムがリリースした『メガ・シャークvsジャイアント・オクトパス』との言及がある通り、本作のバカバカしくて悪ノリの過ぎるところが“その筋”の人たちにウケたのが始まりだ。

 日本では2017年には東京コミコン(※アメリカ発祥のコミックを中心に映画などのポップカルチャーを扱うイベント。日本では2016年から開催されている)でアサイラムのブースが設けられそのイベントでファンを楽しませてくれたのは記憶に新しい。

 このサメ映画人気に火をつけてしまった張本人のアサイラムはモックバスターと呼ばれる大作のパクリ、穏やかに言えば類似作を劇場公開せずにDVDのみでリリースすることを専門にするスタジオ。このアサイラムに密着したドキュメンタリー『ザ・モックバスター 模倣映画の華麗なる世界』(2010)によると、年間で12本もの映画を制作し、その予算は1本あたり850万~1700万円とかなりの低予算。しかしながら配給会社の買取金額以内に収めているので赤字は出ず、実はハリウッドの映画産業の中でもっとも安定したスタジオだという。

 そもそもモックバスターとは“パーティームービー”と呼ばれ、ホームパーティーの際にリビングのテレビで映画を流しておき、たまにカウチに座って仲間と軽い会話をしながら観るような、本来はマジメに観なくてもいい目的で作られた映画のことなのだ。

 そんな「マジメに観なくてもいいサメ映画」から著者は真摯的な評論の態度を崩さずにキラリと光る作品を辛抱強く見つけ出していく。

 そしてサメ映画の原点にして至高、唯一無二である映画『ジョーズ』(1975)から41年後に、ついに『ジョーズ』以来のA級サメ映画『ロスト・バケーション』(2016)が登場。重層的なテーマが込められたこの作品の登場は、著者の真摯な視点による評論がようやく実を結んだ瞬間であった。『ロスト・バケーション』ありがとう。

文=すずきたけし

 

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