深い悲しみを抱えた人々が集まる京都祇園の「もも吉庵」。シリーズ4巻ではついに色恋模様にも進展が!?

文芸・カルチャー

公開日:2021/8/31

京都祇園もも吉庵のあまから帖
『京都祇園もも吉庵のあまから帖』(志賀内泰弘/PHP研究所)

 頑張るというのは、我を張ること。理不尽に歯を食いしばって意地を張るのも大事なことだけれど、自分を納得させるためだけにがむしゃらになるのではなく、まわりを気遣って張り切る――“気張る”ことこそが真の心意気なのだと、『京都祇園もも吉庵のあまから帖』シリーズ(志賀内泰弘/PHP研究所)は繰り返し描いてきた。4巻を迎え、人間模様には少しずつ変化が訪れているけれど、根底を支えるそのテーマは変わらない。

 元お茶屋の女将・もも吉が営む祇園の甘味処・もも吉庵。SNSの扱いに長けた女子中学生がどれだけ検索しようとも、場所も連絡先も見つからない隠れ家で、写真をひとめ見て「どうしてもこれを食べたい!」と執念を燃やさせるほどの絶品・麩もちぜんざいが唯一のメニュー。くだんの女子中学生は偶然にも、もも吉の娘・タクシードライバーの美都子が修学旅行中のガイドを担当した縁で、一見さんにもかかわらず店に辿りつくことができた……。そう、この店に足を踏み入れるために必要なのは、財力でもコネクションでもなく“縁”である。もも吉をめぐる人たちの目に留まり、声をかけられることこそがほとんど唯一の条件。だが、彼女たちの目に留まる人たちはたいてい、誰にも打ち明けることのできない理不尽と深い悲しみをその胸に抱えている。

 身内を事故で亡くして以来、不幸の立て続いている女子中学生の菜摘。実直に自分の職分を果たしてきたのに、賽銭泥棒に転じてしまった元庭師の富夫。母親に捨てられた憎しみを燃やす板場の下っ端・拓也。努力を重ねた果てにすべてを手に入れ、そして失った老舗和菓子屋の次男・高志。因果応報、という言葉があるけれど、登場する誰もがとくべつ悪いことをしたわけじゃない。大なり小なり、恨みや妬み、鬱屈といったネガティブな感情を抱えてはいたけれど、そんな状況になれば自己憐憫に浸ってまわりが見えなくなるのも当然だ、と思わされる事情ばかり。「腐らない奴はどうしたって腐らない」なんてセリフは、他人事だから言えるのである。

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 だけどそこをおして、もも吉は言う。「お気張りやす」と。自分ばかりに目を向けるのではなく、自分のために気張ってくれている人たちにも、心を向けよと、言葉で、態度で、示していく。それがお節介であることは彼女自身、知っている。もともと他人の事情に介入するのがきらいだった彼女は、けれど、誰かが手を差し伸べなければ解決できないこともあること、それをするからには自分自身が誰よりも気張って生きていかねばならないことも、身に染みている。だから今日も明日も彼女は迷わず、もも吉庵を訪れた人たちに喝を入れるのだ。

 それは決して、自分を殺して他のために生きよ、ということではない。自分を真に慈しむことを知れ、ということである。そんなもも吉と、彼女に救われた人たちを通じて、読者もまた心を癒し、明日に向かって気張る力を手に入れるのだ。

 なお、本巻ではじれったかった色恋模様にも進展が! 年下幼なじみ・隠善の美都子への想いがついに!? 要領は悪いが得難い美徳をそなえた朱音にも、声が出なくなってしまった舞妓の奈々江にも春が……!? ファン、必読である。

文=立花もも

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