片っ端から“なんでも”食べた少年は…あさのあつこの怪談えほん『いただきます。ごちそうさま。』のラストに震えおののく

文芸・カルチャー

更新日:2021/9/8

いただきます。ごちそうさま。
『いただきます。ごちそうさま。』(あさのあつこ:作、加藤休ミ:絵、東雅夫:編/岩崎書店)

〈ぼくは、たべるのがだいすきです。なんでもたべます。たべられます。〉子どもがそう言うのを聞いて、微笑ましくなりはしても、おそろしいなんて感じる人は(そんなに)いないだろう。だけど、あさのあつこ氏の絵本『いただきます。ごちそうさま。』(加藤休ミ:絵、東雅夫:編/岩崎書店)においては、恐怖の言葉だ。そもそも表紙からして怖い。果物のくみあわせで人の顔を描いたアルチンボルドのように、お弁当箱に入りそうな食材で子どもの顔が描かれている。顔の輪郭だけはふつうかと思いきや、左の耳はよく見たら椎茸っぽいし、頭からかじっても味がしそうで、もしかしたら血液のかわりに桜でんぶでも詰まってるんじゃないか……とか、いろいろ想像してしまう。

いただきます。ごちそうさま。 p.8-9

 でも読みはじめる前は、そこまで考えなかったのだ。むしろちょっとかわいらしい絵だなと思っていた。怪談えほんシリーズの1作だ、ということを加味しても、最初の数ページはポップで楽しげな雰囲気すらある。食いしん坊の少年に、「どんどん食べなさい」と喜んで食事を用意するお父さんとお母さん。サンドイッチ、シチュー、お好み焼き、てんぷら、ケーキにおまんじゅう。酢の物はちょっとしぶいなと思うけど、少年が列挙する食べ物はたいていの読者にとっても好物だ。食べるの、大好き。わかる、わかる。でも子どものうちは、好きなだけ食べて大きくなればいいけれど、だんだん太ってきちゃうんだよね。なんて思いながら読み進めていると、案の定、少年も身体をまんまるく膨らませていく。それと一緒に食欲も肥大化し、だんだん、我慢するということを忘れていく。結果、少年はまず、犬を食べる。わんわん、吠えてきて、うるさいから。黙らせるために、ぱくっと頭から、悪びれもせず。

いただきます。ごちそうさま。 p.14-15

 少年の瞳が、紫色に怪しく光る。血色はいいはずなのに唇も同じように紫色。たぷんたぷんとお腹の肉を揺らしながら(動画でもないのに揺れているのが見える加藤さんの絵がまた最高だ)、少年は今度は、自分を風船みたいだと笑う友達を食べる。逃げ惑う彼女たちを、少年は決して許さない。食べてようやく静かになったと思えば、今度は怒った大人たちが追いかけてくる。それも、食べる。片っ端から。自分の邪魔をする者は全部。ぱくっ、ぱくっ。

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 何が怖いって、食べれば食べるほど胃が拡張して、満足できなくなってくる、むしろ飢餓感は増していく、というその状態に覚えがあるからだ。ストレスが溜まっているとき、ホルモンバランスが崩れているとき、単に食べすぎが続いてしまったとき。そろそろやめないといけないのに、止まらないな。というあの感じが、少年の狂気とともにありありと伝わってくるのだ。そして最後、誰の手にも負えなくなった少年を御するのは……。ああ、怖い。青春小説の書き手としてのあさのあつこ氏しか知らない人は、ぜひとも手にとってほしい。『バッテリー』とのギャップに、また震えおののくはずである。

文=立花もも

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