予防線を“張る”?“引く”? まぎらわしい日本語の面白さ

文芸・カルチャー

公開日:2021/9/10

微妙におかしな日本語
『微妙におかしな日本語』(神永暁/草思社)

 日本語にはまぎらわしい表現が多い。例えば、相性は“いい”のか。それとも“合う”のか……。誤用がすべて悪いともいえないが、本来の意味をきちんと理解しておくのも大切だ。『微妙におかしな日本語』(神永暁/草思社)は、そんな日本語の“揺れ”にスポットを当てた一冊。

 様々な言葉の意味を伝える『日本国語大辞典』の元編集者がまとめた本書の内容をもとに、いくつかの気になる表現を紹介していく。クイズ感覚で、みなさんも考えてみてほしい。

相性は“いい”のか、それとも“合う”のか?

 まず取り上げるのは、冒頭でも紹介した表現。人と人との関係で、おたがいの性格が合うことを意味するが、果たしてどちらが本来の意味なのか。答えを知るには、そもそも「相性」という言葉自体の意味を考える必要がある。

 本書によると、相性は本来「陰陽五行説で、人の生まれを五行にあて、木と火、火と土、土と金、金と水、水と木は、その性が合うとして、男女の縁組を定めたこと」が言葉の出どころ。つまり、相性自体に「合う」という意味が含まれることになる。

 したがって、相性が合うでは重複表現になってしまうため、本来の使い方としては、相性がいいか悪いかを評価するのが自然となる。

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予防線は“張る”べきか、それとも“引く”べきか?

 予防線とは「あらかじめ手配しておく警戒や監視などの手段」そのものを表す言葉だが、それに続く表現は“張る”と“引く”のふた通りに分かれる場合もある。しかし、本来の使い方は一つだ。

 結論からすると、予防線は張るのが自然な言い方だ。そもそも、予防線自体が「敵の攻撃を防ぐために、あらかじめ手配しておく警戒や監視などの手段」を表す言葉だと考えれば、理解できるだろう。

 ただ、なぜ引くという表現が浸透したのか。本書では、予防線という言葉にある「線」の文字に影響されたのではないかと、その理由を推察している。

汚名を“返上”するか、それとも“挽回”するか?

 汚名とは、人の「悪い評判」「不名誉な評判」を表す。この言葉に続くのは“返上”か“挽回”か。無数にある日本語の中でも、とりわけ白熱した議論が交わされているそうだ。

 いずれかが本来の使い方であるが、やっかいなのは「汚名返上」「汚名挽回」の両方が四字熟語として浸透していること。ただ、本来は汚名を返上するのが自然な使い方で、挽回の意味を考えるとその理由が分かる。

 挽回はそもそも「もとの状態に戻す」という言葉。したがって「汚名挽回」とすると、一度得てしまった汚名を取り戻す表現になりかねない。ただ近年は、挽回のもう一つの意味「巻き返しをはかる」を強調し、前向きなイメージで捉えようとする声も増えつつある。

 本書ではこの他にもたくさん、まぎらわしい日本語の事例が紹介されている。普段何気なく使っている言葉に目を向ける、いい機会になるはずだ。

文=カネコシュウヘイ

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