「忌名を呼ばれても、けして振り向いてはいけない」──村の因習と殺人事件が絡み合う民俗伝承ミステリ

文芸・カルチャー

更新日:2021/9/24

忌名の如き贄るもの
『忌名の如き贄るもの』(三津田信三/講談社)

ホラーなのか、ミステリなのか。いや、そもそもどちらかに分類できるほど、この世は単純ではないのか。

『忌名の如き贄るもの』(三津田信三/講談社)は、論理的な謎解きと、論理だけでは割り切れない怪異を一度に味わえる小説だ。白熱灯に照らしてもなお、一隅にわだかまる闇。その仄暗さに、どうしようもなく魅入られてしまう。

 戦後間もない昭和中期、生名鳴(いななぎ)地方の虫絰(むしくびり)村では「忌名(いな)の儀礼」が行われていた。人生の災厄を忌避するために、7歳になった子供に与えられる名前「忌名」。この儀礼を終えると、実体のない忌名が身代わりとなり、子供に降りかかる災いを一身に引き受けてくれるという。7歳、14歳、21歳と3回にわたって行う儀礼の内容は、ひとりで祝(はふ)りの滝まで行き、忌名が書かれた御札を滝壺に投げ込むこと。ただし、そのさなかに忌名を呼ばれたとしても、けして振り向いてはならない――。

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 尼耳李千子(あまがみいちこ)は、14歳の時、儀礼のさなかに忌名を呼ばれ、危うく振り向きかけてしまう。その瞬間、土石流が発生し、ショックを受けた彼女は心不全を起こして仮死状態に。一度は火葬されかけるが、すんでのところで意識を取り戻し、一命を取りとめることとなる。やがて高校を卒業し、東京の玩具会社に就職した彼女は、同社社長の息子・発条福太と婚約。だが、結婚の挨拶のため、帰省の準備を進めていた矢先、忌名の儀礼で尼耳家の跡取り候補が亡くなったとの知らせが舞い込んでくる。李千子、福太、福太の母・香月子とともに虫絰村を訪れた作家の刀城言耶(とうじょうげんや)は、忌名の儀礼で何が起きたのか、真相を解き明かすことになる。

 閉鎖的な村に伝わる因習、複雑に絡み合う旧家の血脈、儀礼のさなかに起きる怪現象。これだけでも、横溝正史的な土着ミステリ好きにはたまらないのではないだろうか。忌名の儀礼で亡くなった少年の「野辺送り」の模様など、まるで実際に葬列に参加してきたかのようなリアリティをもって描かれている。

 言耶たちが遭遇する謎も、実に魅力的だ。儀礼中の少年は、なぜ右目を錐で突かれて亡くなったのか。現場付近で目撃された、片目から角を生やした化け物「角目」の正体とは。鍵を握る人物まで死を遂げ、事件は混迷を深めていく。しかも、言耶が挑むのは殺人事件の真相究明だけではない。民俗学の知識を用いて、尼耳家と虫絰村に隠された秘密、土地の名称や地形、忌名の儀礼に秘められた意味をもひもとくことになる。彼の解釈により、これまで見えていた景色が一変し、まったく違う絵図が浮かび上がるさまは圧巻。その鮮やかな手さばきが、実に小気味よい。

 探偵が謎を解き終えても一件落着とはならず、苦い後味が残るのもいい。中でも、ぞくっとするのが最後の1行。背後から何かが迫ってくるような、言い知れぬ不気味さを感じずにいられない。かといって、忌名の儀礼を思い出すと、うかつに振り返ることもできないのがまた憎いところだ。

 なお、本書は「刀城言耶」シリーズの11作目にあたるが、予備知識なしに読んでもまったく問題ない。まだ寝苦しい暑い夜、背筋がぞわりとするようなホラーミステリにひと時の涼を求めてはいかがだろうか。

文=野本由起

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