夢破れ、心に傷を抱えてしまった著者が、入院生活を経て導き出した答えとは

文芸・カルチャー

公開日:2021/9/22

1/4窓 ヨンブンノイチウィンドウ
『1/4窓 ヨンブンノイチウィンドウ』(矢島耕平/文芸社)

「自分と誰かを比べることなんてできない。比べるだけ無駄だ」

 その人らしさを重視する時代になりつつある現代で、よく聞く言葉だ。しかし僕はよく他者と自分を比べてしまう。もちろんどれだけ比べても、肯定的な答えにはたどり着かない。「自分はとことんダメだ」と自己嫌悪に陥り、結局無力さ、未来への不安だけが心に残ることがほとんどだった。

 もし、僕と同じように他者と自分を比べて自己嫌悪に陥りやすいのであれば、ぜひ『1/4窓 ヨンブンノイチウィンドウ』(矢島耕平/文芸社)を読んでみてほしい。本作は、著者・矢島耕平さんの実体験をもとにした独白小説だ。未来への不安や自己嫌悪から心に病を抱えてしまった彼が、未来への希望を見出すまでの物語が綴られている。

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 主人公は「矢沢永吉のようなビッグミュージシャンになる」という夢を抱いた青年、矢吹洋平。彼はある日、若かりし頃の矢沢がそうだったように、周囲の反対もお構いなしに高校を中退し上京してしまう。もちろん東京の1人暮らしが楽で安心なわけがない。ただ彼は日々の苦労や不安を、夢を叶えるためにあえて真摯に受け入れていく。行動は突拍子もないが、覚悟を決めたことに関しては真面目に取り組む。彼にはそんな一面があるのだ。そのおかげか、上京して数年後には海外で対バン(複数の出演者が入れ替わる形でステージに立ち、共演すること)できるまでに至った。

 そんな洋平の心に異変が起きたのは20代後半。この頃は、かつての友人から結婚や出産の報告やビジネス成功の自慢話が増える時期だ。確かにおめでたいが、あくまで洋平にとっては他人事である。ただ昨今は、SNSによって旧友の近況が嫌でも把握できてしまう。そんな状況は「独身」「高校中退」「貯金なし」「不安定な職」の道を進む洋平には苦痛だった。大きな夢のために払った犠牲だと頭ではわかっている。しかし友人の近況を見るたび、どうしても自分の現状と比べてしまうのだ。次第に「自分は本当にこのままでいいのか」と焦り始め、夜も眠れなくなる。

 悩んだ末に夢を諦め、地元・徳島の市役所で働き始めた洋平。しかし、彼の心の異変はどんどん加速した……。友人よりも劣る自分に嫌気がさすだけではなく、「夢を叶えられずに終わった者」というレッテルに悩まされてしまうのだ。自分の人生を厭世的に捉えるようになり、どんどん自分を逃げ場のない隅に追いやっていく洋平。彼はこのときの心情を、こう表現している。

“おれぁ時々、自分が世界で一番のクソ野郎に思えてくるんだ。自分がたまらなく大嫌いになるのさ”

 翌日、洋平は記憶が飛ぶほどに乱心する。そして精神科病院へ入院することになる。物語はここから、精神科病院での入院生活とその苦悩が描かれていく。

 洋平すなわち矢島さんは現在、心の病を克服し精神科病院を退院している。通院も服薬も一切ない状態まで寛解し、地元・徳島でミュージシャンや画家として活動を続けている。

 彼がいまの状態にまでなれたのは、きっと作中で何十ページにもわたって語られる祖父との触れ合いが大きい。本書を読むと、彼にとって祖父という存在は人生の羅針盤であり、祖父から受け取ったすべてが心の病から克服したいまの彼を作り上げていることがわかるだろう。矢島さんは祖父から何を受け取り、何を感じて心の病を克服することができたのか。詳細はぜひ、書籍を手にして知っていただきたい。

 あとがきで、矢島さんは「コレを読んで、一人でも多くの方が、生きようって思ってくれたら、命の尊さを一層鑑みてくれたら、私は幸せです」と語っている。確かに、本書に載っている彼の言葉からは「どんな境遇でもとにかく生きてほしい」という思いが溢れていたように感じられた。もしいま自分が嫌いで、生きることに絶望しているなら、ぜひ本書を読んで矢島さんの言葉を思い出してほしい。きっと気持ちがいまより軽くなるはずだから。

文=トヤカン

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