15年間も同級生と身体が入れ替わったまま…圧倒的リアリティで描き出す「男女入れ替わり」の新機軸

文芸・カルチャー

公開日:2021/9/24

君の顔では泣けない
『君の顔では泣けない』(君嶋彼方/KADOKAWA)

 運命は選べない。思うようにいかない毎日。かつて想像していたのとはまるで違う未来。けれども葛藤し続けた先にきっと光が待っているはずだと信じたい。

 そう思わせてくれたのは、第12回小説 野性時代 新人賞受賞作『君の顔では泣けない』(君嶋彼方/KADOKAWA)。この物語では、2人の男女の身体が入れ替わる。「入れ替わりの話なら、たくさん読んだことがある」と思う人も多いだろうが、本作は他の作品とは一味も二味も違う「男女入れ替わり」の新機軸。身体が入れ替わった後、元に戻らないまま、なんと15年間もの時が経過してしまうのだ。かつての男子高校生が女性として、女子高校生が男性として経験していく人生の転機。もう元に戻ることは諦めるしかないのか。運命に翻弄されながらも、絶望を乗り越え、強い絆で結ばれていく2人の姿を、著者・君嶋彼方氏は、新人とは思えない鮮やかな筆致で描き出していく。

 主人公は、30歳の主婦・水村まなみ。彼女は1年に1度、夫も娘も連れずに1人で帰省する。そして、必ずある男性に会っていた。それは、高校の同級生・坂平陸。2人は胸の内に大きな秘密を抱えて生きてきたのだ。彼らは15歳の時、学校のプールに一緒に落ちたことで身体が入れ替わってしまい、そのまま15年間を過ごしてきた。つまり、高校時代から現在まで、水村まなみの身体の中には、坂平陸の意識が、坂平陸の身体の中には、水村まなみの意識が宿ったままなのだ。お互いに協力し合ってなんとかやり過ごした高校時代。日々葛藤し続けながら、陸は、高校卒業、上京、結婚、出産と、水村まなみとして人生を経験していく。

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 ひとたびこの本を開けば、「入れ替わり」という奇想天外であるはずの出来事が圧倒的なリアリティで迫ってくる。特に今の時代らしいジェンダー的視点で、入れ替わりが描かれているのが新しいのだ。たとえば、「水村まなみ」になった陸は、女性としての生活に戸惑いを隠せない。女性というだけで変わる周囲の反応。浴びせかけられる性的な視線。綺麗であること、可愛いことを強いられ、努力を求められる世の中…。陸は女性としての毎日に混乱しながら、まなみの両親や友人たち、さらには入れ替わり前からまなみが付き合っていたという彼氏とも関わっていくのだ。

 そんな陸を支えるまなみは本当に魅力的だ。陸が女性としての生活に苦戦しているように、まなみだって男性としての生活に困惑しているはず。だが、まなみは陸の前ではいつだって前向き。能天気にも思えるくらいなのだ。しかし、まなみは高校卒業を控え、進路を考える時になって、「お互い自由にしよう」と言い始める。近くにいた方が情報共有しやすいとか、身体が戻った時に困らないとか、お互いを言い訳に将来を決めるのはよくない。自分は東京の大学に行きたい。元に戻ることを諦めたかのような彼女の言葉に陸は裏切られた気持ちにさせられてしまう。

 だが、まなみはどれほどの決意で陸に別々の道を歩もうと伝えたのだろう。本当の家族に会えずに、「坂平陸」を演じ続ける日々がどれほど辛かったのだろう。誰も知らない場所で新しい「坂平陸」として生きていきたい。そんな思いに気づくほどに、胸が痛くなる。そして、陸もだんだんとまなみの深い悲しみに気づきながら、新しい「水村まなみ」としての人生を歩み始める。いつ彼女が元に戻っても絶望しないように、誰にとっても恥じない「水村まなみ」としての人生を模索していく。家族でも恋人でもない。でも、かけがえのない何かで結ばれた2人。互いに互いを思い合い支え合うその姿に、思わず涙腺がゆるんでしまう。

 読み終えた時、心の中を爽やかな風が駆け抜けていく。たとえ、どんなに運命が残酷だとしても、人生がうまくいかないことばかりだとしても、きっと救いはあるはずだと思わされてしまう。理不尽な現実と立ち向かう男女の絆を描き出したこの作品は、人生に悩むすべての人に読んでほしい。ままならない日々を過ごすあなたのこともきっと勇気づけてくれるに違いない感動作だ。

文=アサトーミナミ

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