“今日”が1000回近く繰り返される中、博士が殺された――メフィスト賞作家の第2作はタイムリープSF×ミステリー!

文芸・カルチャー

更新日:2021/10/4

時空犯
『時空犯』(潮谷験/講談社)

 とんでもない失敗をやらかした時、「時間を巻き戻してもう一度やり直したい」と思ったことはないだろうか。だが、『時空犯』(潮谷験/講談社)でやり直すのは“もう一度”どころの話ではない。作中では、すでに1000回近く“今日”が繰り返されており、さらにタイムリープ中に殺人事件まで発生。時間遡行SFであり、特殊設定ミステリーでもある実に贅沢な作品に仕上がっている。

 ある日、しがない私立探偵・姫崎智弘のもとに奇妙な依頼が舞い込んだ。成功報酬は1000万円、依頼主は情報工学博士・北神伊織。話はそれるが、潮谷さんが第63回メフィスト賞を受賞した『スイッチ 悪意の実験』(講談社)では、主人公がひと月100万円の実験に参加している。2作目の今回は、報酬のケタが上がっているのも面白い。

 多額の報酬に心を動かされた姫崎は、危険を覚悟しつつ博士の説明会に参加する。そこに集まったのは、姫崎を含む8名。彼のほかに、姫崎と縁ある女性タレント、芸能事務所の男、警視、元官僚、観光協会の女性、盗聴・盗撮を見つけるプロ、インターネットのセキュリティーに詳しい高校生という、ひと癖もふた癖もある面々だ。やがて現れた北神博士は、思いがけない事実を一同に告げる。実は、この世界では何度も時間の巻き戻しが発生しており、なんと“今日”=2018年6月1日はすでに1000回近く繰り返されているというのだ。普通の人は時間が巻き戻る前の記憶を失うが、博士はある偶然から記憶をなくさずにすんでいるため、巻き戻しを知覚できるのだという。

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 そのうえで、博士は集まった人たちに向けて、「巻き戻し前の記憶を保持できる液体を飲んでほしい。そして、なぜ異常な回数の巻き戻しが起きているのか原因究明に協力してほしい」と告げる。1000万円という多額の報酬は、その対価だと言うのだ。

 集まった8人は、悩んだ末に全員博士の実験に協力することに。だが、時間が巻き戻されて980回目の「今日」を迎えた一同は、思いがけない事態に直面する。実験の中心人物である北神博士が、他殺死体で発見されたのである――。

 ……というのが冒頭の60ページ。これだけでも痺れる展開だが、事件はまだまだ続く。深夜1時20分になると“今日”が巻き戻り、981回目の“今日”には博士が復活。そして、また別の人物が死体で見つかるのである。果たして犯人は誰なのか。時間遡行を用いたトリッキーな設定だが、地に足のついたロジカルな犯人当てが待っている。

 そのうえ、犯人がなぜ時間を巻き戻したのかというホワイダニットも秀逸。祈りにも似た悲痛な理由に、グッと心をつかまれる。かと思えば、生物とは異なる知性体が登場するSF展開に圧倒されたり、姫崎と女性タレント・麻緒のロマンスにムズムズしたり、農業用トラクターに乗った悪魔崇拝アイドルに度肝を抜かれたり、おばちゃんがラブホテルのチケットをぶん回しながら現れて思わず笑ってしまったりと、乱気流のように情緒を乱してくる。

 この小説に関しては、もはやジャンル分けなど意味がない。ミステリー好き、SF好きに限らず、とにかく新しい読書体験をしたい人にはぜひおすすめしたい1冊だ。

文=野本由起

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