「猫に小判」はインドでは「おサルにショウガ」?! ことわざで世界の文化が見えてくる

暮らし

公開日:2021/9/27

320のことわざで 世界が見渡せる 世界のふしぎなことわざ図鑑
『320のことわざで 世界が見渡せる 世界のふしぎなことわざ図鑑』(北村孝一:著、伊藤ハムスター:イラスト/KADOKAWA)

「猫に小判」――日本では、多くの人に知られていて、よく使われることわざである。高価なものや貴重なものを価値のわからない人にあたえても何にもならないという意味だ。近年は、聖書から入った「ブタに真珠(を投げるな)」もほぼ同じように使われ、日常的に子どもでも口にする表現となっている。じつは海外では、同じような意味でさまざまな表現がことわざとして使われているが、こうした事実はあまり知られていないのではないだろうか。たとえば、インドでは「サルにショウガ」、フランスでは「ブタにジャム」という。

『320のことわざで 世界が見渡せる 世界のふしぎなことわざ図鑑』(北村孝一:著、伊藤ハムスター:イラスト/KADOKAWA)では、このような、日本と海外で類似の意味のことわざを集め、イラスト入りで解説している。

 インドでは、「サルにショウガ」だが、なぜ、「ショウガ」がたとえとして登場するのだろうか?

advertisement

 インドといえばインド・カレー、じつにさまざまなカレー料理がある。そして、日本ではあまり意識されないが、カレーに欠かせない素材がショウガだ。ショウガはスパイスの一種だが、後から少し加えるというより、最初からタマネギなどとともにしっかり素材として調理することが多い。けれども、サルにはその味がわからないというわけである。
また、フランスの「ブタにジャム」は元々、聖書の「ブタに真珠」に由来するという。「真珠」は、とても高価な贅沢品で庶民には縁遠いものだったから、長い間に身近な「ジャム」に置き換えられたようだ。

サルにショウガ

 もうひとつ、ご紹介しよう。

「井の中の蛙」――自分が住んでいるところの外に広い世界があることを知らずに、自分が一番優れていると思い込んでいる者のたとえである。「井(井戸)」や「蛙」という表現から、日本の田舎が自然に思い浮かんでくる表現だ。

井の中の蛙

 海外では、同じような意味で、どんな表現があるのだろうか?

ヤシ殻の中の蛙(タイ)
ラクダは山のふもとに行くまで自分の背が一番高いと思っている(インド)

 タイでは、「蛙」のたとえは同じだが、井戸ではなく「ヤシ殻」が登場する。いかにも南国らしいイメージで、誇張が利いている。ヤシの殻の中に蛙がおさまっている様子を想像すると、ユーモアが感じられ、微笑ましい。

 インドでは、「ラクダ」が登場する。パキスタンとの国境に近い、北西部のラジャスタン州に広大なタール砂漠があり、年に1度のラクダ祭りには1万頭ものラクダが集まる市が開かれるという。ラクダは、インド人にとってかなり身近な動物のようだ。

 成長すると肩までの高さは2メートルを超えると言われるラクダだが、「山のふもとに行くまでは自分が一番背が高いと思っている」というのは、自分より優れているものに出会って、はじめて自分が一番でないことを知ることのたとえである。

山のふもとに行くまでは自分が一番背が高いと思っている

 同じアジアの国々のことわざですが、比喩に使われるものはさまざまで、そこに風土や文化の違いが反映されている。そして、その一方で、遠く離れた国々でも、住む人々は暮らしの中で同じような教訓を得ていることがわかり、その言語文化にふさわしい実感のこもった表現を選んできたともいえる。

 海外の多くのことわざを知ることで、さまざまな国の文化やそこに暮らす人々に思いを巡らせてみてはいかがだろうか。

文=北村孝一

【著者プロフィール】
文/北村孝一
ことわざ研究者。1946年生まれ。北海道出身。1978年頃、ことわざ集の翻訳を依頼されたことからことわざに積極的関心を抱き、世界のことわざを収集・分析する。2007年「ことわざ学会」創立に参加。主な編著に『おぼえる! 学べる! たのしいことわざ』(高橋書店)、『故事俗信ことわざ大辞典第二版』(小学館)などがある。

イラスト/伊藤ハムスター
多摩美術大学油絵科卒。フリーのイラストレーターとして活動中。くすりと笑えるイラストレーションをモットーに制作する。好きなことわざは「果報は寝て待て」。

あわせて読みたい