10年ぶりに再会した兄弟が「狂言誘拐」を実行。その8年後に発覚する驚愕の真相とは?

文芸・カルチャー

公開日:2021/9/29

朝と夕の犯罪
『朝と夕の犯罪』(降田天/KADOKAWA)

 事件の真相に迫るにつれ、泣きたくなってしまう。そんな感想を抱く、魅力的な小説と出会った。それが、『朝と夕の犯罪』(KADOKAWA)。本作は、プロット担当の萩野瑛氏と執筆担当の鮎川颯氏による作家ユニット「降田天」によって生み出された小説だ。

 同ユニットは『女王はかえらない』(宝島社)で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、デビュー。2018年には「偽りの春」にて、日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞。同作を収録した『偽りの春 神倉駅前交番 狩野雷太の推理』(KADOKAWA)は心を震わすミステリ短編集として、大きな反響を呼んだ。

 本作は、そんな人気シリーズ初の長編。2021年ミステリのダークホースと称され、注目を集めている。

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2部構成で明かされる児童虐待事件と狂言誘拐の「真実」とは?

 同じ“父親”のもとで兄弟同然に育ったアサヒとユウヒは児童相談所に保護されたのち、別々の人生を歩んでいたが、10年ぶりに再会。

 近況報告をしあう中でユウヒは、手伝っている児童養護施設の経営が困難であることを吐露。子どもたちがこの先も慣れ親しんだ場所で暮らせるよう、狂言誘拐で金を集め、理事長を説得して施設を存続したいと話し、アサヒに協力を依頼してきた。

 半ば脅迫に近い懇願に負け、アサヒは渋々犯罪に加担。ふたりはユウヒの知り合いで元県議会議員の娘・松葉美織の協力を得て、彼女の父親から身代金を奪うことに。狂言誘拐は成功したかと思われたが、その後、予想外の出来事が起きるのだった。

 時は流れ、8年後。神倉駅前交番に勤務する狩野雷太はある日、異臭がするとの通報を受け、とあるマンスリーマンションの一室へ。そこには、餓死した女児と衰弱しきった男児が。この虐待事件は県警捜査一課に所属する烏丸靖子によって調べられ、部屋の借主であった吉岡みずきという女が逮捕されたが、彼女は黙秘を続けていた。

 だが、市民からの情報提供により、吉岡みずきの本名が判明。その後、「子どもに死んでほしかったし、死ぬとわかっていて部屋に置き去りにした」と罪を認める供述をし始めたが、烏丸は彼女が話す自分像と救出された男児が語る母親像が合わないことに違和感を抱く。彼女は何かを隠したがっているのでは…。そう感じ、彼女の過去を調査する中で行きついたのが、かつて起きていた狂言誘拐だった。烏丸は狩野の力も借りながら、過去の事件との接点を探る。

 そんな中、発生するのが読者もあっと驚く意外な殺人事件。その事件には、彼女が守ろうとしてきた秘密が大きく関係していた。至る所にちりばめられた伏線が回収され、空白の8年が明らかになった時、あなたは彼女や、アサヒとユウヒの人生をどう受け止めるだろうか。

「普通の生活」を送れなかった者たちの悲鳴がここに

 目の前の事件に対して真摯に向き合う烏丸と、いい加減そうに見えて事件の本質を突く狩野の活躍にハラハラドキドキさせられる本作は、ミステリとして楽しめると同時に、児童虐待という社会問題をテーマに家族の在り方を考えさせられる物語でもある。

 ここには、いわゆる「普通の生活」を送ることができなかった者たちが抱える悲しみが丁寧に描かれており、何度も胸が締め付けられた。特に、アサヒとユウヒがどうしようもない実の父親を長年思い続けている描写や、児童養護施設で暮らす子どもが親と離れ離れになった原因は自分にあると自己嫌悪する場面は涙なしでは読めない。

 また、作中に綴られていた、世の虐待サバイバーたちの気持ちを代弁しているかのような一文は涙腺を刺激した。

“生まれ変わったならば、いたいところにいる。自分で自分の場所を決める。普通に生きてきた者、選択の権利を当たり前に持っていた者には、願いにすらならない願い。”

 本作はフィクションであるが、似たような気持ちを押し殺しながら生きている人が、この世にはたしかにいる。実際に毒親育ちの筆者も、そのひとり。親によって生き方を制限される中で心身に刻み込まれた傷は、大人になっても消えることは決してない。

 けれど、どれほど憎くても子どもにとって親は、簡単に割り切ることができない存在。はたから見ればみっともなくてどうしようもない親なのに愛されたいと願い、相手に期待し続けてしまうことだってある。親子は、まるで目には見えない呪縛で結ばれているようだ。

 本作はそんな複雑な虐待サバイバーの心境を伝え、子どもの命に責任を持つことの重みを訴えかけている作品でもあった。親として育児に奮闘している方はもちろん、必死に生き抜いてきた虐待サバイバーにも手に取ってほしい。

文=古川諭香

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