夢を実現するには、諦め続けることが大事? 失敗と寄り道を繰り返して見えてくるもの

暮らし

公開日:2021/10/1

諦めの価値
『諦めの価値』(森博嗣/朝日新聞出版)

 新型コロナウイルスが猛威を振るい、終わりが見えない苦しい時代だ。「失われた20年」といわれた経済の低迷は、昨今では「失われた30年」ともいわれる。そして、気候変動による自然災害が増えてきているように感じられる。

 社会がこんな状況では、いろいろなことを諦めそうになる。諦めかけたとき、あなたの頭によぎるのはこんな言葉の数々かもしれない。

「諦めるな」「ここで諦めたら過去の全てが水の泡」「諦めたら終わりだ」……。

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 私たちは、子どもの頃から「諦めるな」といった言葉をかけられてきた。諦めないことが、夢を実現させる。諦めずに頑張れば、良い職業に就いて満足のいく生活ができる――。「諦めない」ことは美徳とされがちだ。しかし、本当にそうだろうか。

『諦めの価値』(森 博嗣/朝日新聞出版)は、そんな価値観が必ずしも美徳とは限らないことを教えてくれる。森博嗣さんは、国立大学の工学部で助教授として働きながら『すべてがFになる』(講談社)でデビューした作家であり、多くの小説やエッセイを発表してきた。大の工作好きとして森さんを知っている人も少なくないだろう。

“諦め続けることで、夢は実現する”と森さんは言う。

 決して言葉遊びではない。どういうことなのだろうか。森さんは、工学を学び教えた経験や工作を続けてきた経験から、その意図を説明する。ものを作ることは、失敗の連続だ。失敗することによって、その方法やアプローチを「諦める」。いわば「寄り道」をし続けて、その度に諦め続けていけば、別の新しい方法やアプローチが浮かび上がり、ものは完成に近づいていくのだ。

 夢も同じである。「諦めたくない」という場合、「寄り道」が足りていない可能性がある。やってみて、検証し、諦める。すると、夢への道が見えてくる。そう、“諦め続けることで、夢は実現する”のである。

なにものにも入れ込まず、気合を入れず、頑張ろうなんて考えない。なんでもすぐに諦められるように、別の道を確認することを怠らない。
 これらができる人は、「落ち着いている」「度胸がすわっている」「頼りになる」という印象を周囲から持たれることだろう

「諦めの価値」は、人にそんな印象さえ与えることだと森さんは言う。もちろん、諦めずに頑張り続ける人はかっこよく、輝いて見えることもある。しかし、その輝いて見える姿の裏には、無数の「諦め」が存在しているかもしれない。

 本書の最後の一行で、森さんは「(〇〇〇)を、諦めましょう。」と書いているのだが、この空欄に入る言葉はぜひ本書を読んで確かめてほしい。苦しい時期に、発想の転換でふっと心を軽くしてくれる一冊を、ぜひ。

文=遠藤光太

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