ハロプロの作詞も手掛ける、児玉雨子の初小説『誰にも奪われたくない/凸撃』は、リアリティのある細部に神が宿る!

文芸・カルチャー

公開日:2021/10/3

誰にも奪われたくない/凸撃
『誰にも奪われたくない/凸撃』(河出書房新社)

 アイドルソング、テレビアニメの主題歌、キャラクターソング等の作詞を手掛ける才人・児玉雨子氏。ハロー! プロジェクト(ハロプロ)のアイドルに書いた歌詞はとりわけ高い評価を得ており、玄人受けも良い。そんな児玉氏の初の著作は、2遍の小説から成る『誰にも奪われたくない/凸撃』(河出書房新社)である。

 本書の主人公は、金融関係の会社で働く女性社員、園田レイカ。普段はうだつのあがらない会社員だが、副業で作曲を請け負っており、シグナルΣというアイドル・グループにも楽曲を提供している。レイカはそのシグナルΣのメンバー・佐久村真子と親しくなり、ランチに出かけたり、ゲームで遊んだりするようになる。

 一見天真爛漫で無邪気な真子だが、実は裏の顔を持っている。真子には知られざる、そして知られたくない悪癖があり、それがSNSで加速度的に拡散されたことで、シグナルΣを脱退することに。様々な噂や憶測が飛び交う中、レイカが真子の家を訪ねると、見た目が変わり果てた真子が現れ、様々な病に冒されていたことを告白される。この辺の描写には実にリアリティを感じる。

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 著者がアイドル界隈で作詞の仕事をしていることが、執筆の上でアドバンテージとなっているのは間違いないだろう。レイカは真子から、ライブにおける「本マイク」と「ダミーマイク」の違いや、アイドルがどれほどエゴサーチに血道を上げているか、などの裏事情を教えてもらう。

 ちなみに、ここ数年、アイドルやアイドルオタクの生態や実情に触れた小説が幾つか上梓されている。特に興味深かったのが、宇佐見りん『推し、燃ゆ。』(河出書房新社)、朝井リョウ『武道館』(文藝春秋)、最果タヒ『星か獣になる季節』(筑摩書房)など。それぞれフォーカスの当て方は違うが、アイドル文化への造詣が深いからこそ書けた小説だろう。

「凸撃」はネット上でのやりとりが主となっている。明確には記されていないが、舞台はニコニコ動画の生配信番組(ニコ生)をイメージしたのだろう。ニコ生は、生主(番組を発信している発話者)と、生主に向けてコメントを打つリスナーによって成り立つ空間。主人公の生主は、リアルタイムで自分に喧嘩を売ってくる16歳の少年を、大人の余裕で軽くいなす。少年が16歳で不登校の男子だと判明してから、周囲の反応や放送の風向きががらっと変わるのが興味深い。

「誰にも奪われたくない」と「凸撃」の共通点は、工夫を凝らした文体の妙だ。会話文をあえて括弧で括らず、SNSの書き込み、友人知人との電話の応答、LINEのトーク、主人公のモノローグなどが度々地の文に繰り込まれる。この手法が文章に疾走感とダイナミズムを与え、異なる話の2作に連続性を与えている。特に、膨大な感情と情報が錯綜、乱反射するネット空間の混沌を混沌のまま素描したような部分は、極めて今日的だ。

 そしてもうひとつ、著者が使う比喩の秀逸さにも舌を巻いた。「コンセントが抜けてしまったかのように沈黙していた」「冷たく軽い紙粘土のような反応が心地よかった」「犬が腹を見せて降参するように、手帳型カバーがぱっくり開いた」など、独創的な比喩が立て続けに繰り出される。

 変幻自在で疾走感溢れる文体と、スキャンダラスだが嫌味のない内容。器=文体、中身=内容というベタな喩えを持ち出すと、両者がバランス良く共存している時点で、留保なしの傑作である。読後、本が出版されたら必ず買う作家リストの中に、児玉雨子氏の名前を加えた。

文=土佐有明

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