一度読んだらクセになる。「泉鏡花」の名作佳品の中から、恐怖と戦慄に満ちた怪異譚を集めた1冊!

文芸・カルチャー

更新日:2021/10/5

泉鏡花集 黒壁
『耽美と憧憬の泉鏡花 小説編』(泉鏡花/双葉社)

 あまたの幻想文学系アンソロジーを世に問うてきた東雅夫が偏愛してやまない作家・泉鏡花。2006年にちくま文庫から上梓した『泉鏡花集 黒壁』はこれまでの仕事と比しても会心の一冊だった、と編者本人から聞いた覚えがある。

 巻末の編者解説には、ちくま文庫にはすでに種村季弘編「泉鏡花集成」全14巻という金字塔があることに触れつつ、

「しかしながら、こと怪談文芸の観点から眺めるとき、鏡花小説の沃野には、『泉鏡花集成』はもとより他者の文庫にも採録されたことのない知られざる名作佳品が、まだまだ埋もれているとおぼしい。

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本書はその中から、とりわけ恐怖と戦慄と憧憬に満ちた鏡花怪異譚の粋を選りすぐって収めた(初文庫化作品多数!)」

と記している。カッコ内の〈!〉マークからも編者の自負が透けて見えるではないか。

 私も、編者の域には到底及ばないとはいえそれなりに鏡花は愛読してきたつもりだ。それでも『泉鏡花集 黒壁』で初めて読んだ作品がいくつかあった。

 そんなマニアックな内容にもかかわらず、文ストや文アルの大ヒットで鏡花の知名度が格段に上がる前の当時に四刷までいったというのだから、評価の高さは言わずと知れたもの。だが、残念ながらその後、絶版となり古書価格も高止まりが続いていた。

 だからこそ、昨秋から刊行が始まった双葉文庫の「文豪怪奇コレクション」シリーズで、『耽美と憧憬の泉鏡花 小説編』として復刊したのは嘉すべき快挙といえるのだ。

 さて、泉鏡花を読もうとして最初に立ちふさがる壁になるのが、その癖のある雅文調の文章である。たとえば、「黒壁」という作品はこんな一文から始まる。

席上の各々方【おのおのがた】、今や予が物語すべき順番の来りしまでに、諸君が語【かたり】給いし種々の怪談は、いずれも驚魂奪魄【きょうこんだっぱく】の価値【あたい】なきにあらず。

 古文ですか? という話だが、その通り、鏡花の文章は生前すでに「古臭い」とケチをつけられていたほど古風だ。だから回れ右をしたくなる気持ちは痛いほどわかる。けれど、一度この文章を口に出して読んでみてほしい。耳から入ると、とてもリズムがよく、滑らかに聞こえないだろうか。鏡花の文章の魅力は音読するととてもよくわかるのだ。

 さらに、こんな文章だってある。

指にかかった、髪の末の、優しく細く、戦【そよ】ぐのは可【い】い、が、と見ると、戦ぐその毛筋に伝って、髻【もとどり】の辺が一握み、こう、むずむずと呼吸【いき】吐くように動いている。伸びるようで、縮むようで、乱るるようで、渦巻くようで。そのゆらゆらとなる中に、照々【てらてら】と艶を持って、底から湧いて出る如く。むくれ上がって、煌々と蒼く光る、潮の余波【なごり】が宛然【さながら】、鱗!

 ゾクゾクきませんか? これは収録作のひとつ「尼ヶ紅」のワンシーンだが、蛇殺しの因果応報という手垢にまみれた怪談に見せかけて、モダン・ホラー顔負けの恐怖シーンを息つく間もなく畳み掛けてくるとんでもない作品だ。近年話題のホラー映画の旗手アリ・アスター監督が撮る映像に近い、美と恐怖が渾然一体となった雰囲気がある。本アンソロジーには、こうした「ストレートに怖い」作品が他にも収められている。古臭さのベールの向こうにあるのは、最新の映像表現に通ずる鮮烈なホラーなのだ。

 なお、「文豪怪奇コレクション」シリーズの次回作は、同じく泉鏡花の戯曲ばかりを集めた一冊になるそうだ。「天守物語」「海神別荘」「夜叉ヶ池」の妖怪三部作はもちろんのこと、三島由紀夫が絶賛した晩年の名作群や、初期の「沈鐘」を配する史上初の文庫版鏡花戯曲傑作選になるらしい。こちらは復刊ではなく、完全なる新編。期待大である。

文=門賀美央子

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