会話力とは「話を逸らすこと」――人気コラムニストがわざわざ「関係ないこと」を使って他者と話す理由

ビジネス

公開日:2021/10/5

会って、話すこと。―自分のことはしゃべらない。相手のことも聞き出さない。人生が変わるシンプルな会話術
『会って、話すこと。―自分のことはしゃべらない。相手のことも聞き出さない。人生が変わるシンプルな会話術』(田中泰延/ダイヤモンド社)

 コロナ禍以降、人と人が対面で会うことがどれほど大切かというのは多くの人が感じ、また多くの場で語られてきました。では、気負いなくフェイストゥフェイスで他者と話せるようになったとき、皆さんは何を話題にするでしょうか。

『会って、話すこと。―自分のことはしゃべらない。相手のことも聞き出さない。人生が変わるシンプルな会話術』(田中泰延/ダイヤモンド社)は、コロナ前にも「人との会話がもたない」といった文脈で登場した「他者と何を話すか?」というトピックについて、コロナ禍以降の文脈もまじえた上で論じた一冊です。

 著者の田中泰延氏は電通で24年間コピーライター・CMプランナーをしてから2016年に退職、「青年失業家」と称して執筆活動を開始し、現在は様々な分野・メディアでのコラム運営を中心に活躍しています。大阪出身の田中氏は、編集者の今野勇介氏と対談形式で本書が始まりますが、会話において大事なことはボケでもツッコミでなく「正直であること」だという結論を最初に提示します。田中氏は、「正直」という言葉を独自の意味で用いていて、「自分を相手に差し出すこと」とも言い換えることができます。

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 たとえば、空に入道雲が浮かんでいるというシチュエーションがあったとした場合、著者が考える模範的会話はどのようになるのでしょうか。

「あれ、入道雲っていうじゃないですか。入道って、お坊さんとか、坊主頭のことなんですよね」でもいい。「あれ入道雲っていうじゃないですか。学術的には、雄大積雲って言って、上の方は1万メートル超えるんですってね」でもいい。
ちょっとした「知っている」ことを言えばいいのだ。

 知識の交換を続けていくと、「知っていること」自体をひけらかすようなマウンティングになってしまう危険性もあります。ですが、ここで入道雲の例を用いて説かれているのは、相手のことでも自分のことでもなく、「外部のことを話す」というコミュニケーション手段についてです。仕事仲間の声のトーンが少しいつもより暗めなので励まそうかと迷ったときも、初対面の人と話す上でネタがないのでとりあえず趣味でも聞いてみようかと思い立ったときも、ひとまず、天気のような双方にとって「外部」である世界について話すということです。

「外部」について話すのは目的ではなく、あくまで「正直になる」という最終目的にたどりつく過程にすぎません。たとえば、田中氏は初対面の女性に、話の流れのなかでふと「結婚されているのですか?」と尋ねたときに「それを聞いてどうなさるの」と返されたそうです。仮に相手が結婚しているか聞きたかったとしても、その聞き方では、聞き手の側から差し出すものがありません。とはいえ、「私は未婚ですが、あなたは?」と聞けば対等な質問になるというわけではありません。

 その際に、「話を逸らす」か、あるいは「ある意味どうでもいいことを話す」といったことが大切になってくると著者は主張します。そして、その習熟度が田中氏の考える「会話力」です。「関係ないこと」を尋ねたときの返答にも、いくらか「関心あること」の要素がにじみ出てくる可能性があり、その試行錯誤から「関心あること」の輪郭がはっきりしてくるのだということです。

 逆に自分が発言するとき、関西弁で言う場合は「しらんけど」を文末につける等をして、「あまり知らない自分」を相手に差し出すことで、輪郭の探り合いができるといいます。

川が流れていて、焚き火が燃えている。それを感じている自分の身体には言葉は必要ない。自分が消える。じつに、人間というものは、悩んでいる自己、鬱陶しい自我、自分自身が嫌いな自分が消える瞬間が幸せなのだ。そのとき見ているものが、風景なのだ。

 違う人と同じものを見られるように「立ち位置」を創っていく技能に磨きをかけて、コロナ禍が落ち着いたときに会いたい人と何を話すかを想像してみてはいかがでしょうか。

文=神保慶政

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