25年前の誘拐事件と現在の殺人未遂事件…無戸籍者の現実とそれらの事件が絡み合う衝撃のミステリ

文芸・カルチャー

公開日:2021/10/8

トリカゴ
『トリカゴ』(辻堂ゆめ/東京創元社)

 義務教育を受けることも、具合が悪かったら病院に行けることも、すべて当然のことだと思っていた。だけれども、それが当たり前なのは、自分が生まれた時に親が出生届を出してくれたことで、自分の存在が戸籍に記載されたからだ。戸籍があり、住民票があるから、一定の年齢になったら市区町村から小学校への入学通知が送られてくるし、保険証があるから、少ない負担で病院を受診することができる。だが、さまざまな事情によって無戸籍となってしまった人には、そんな当たり前がかなわない。戸籍は、自分が何者であるかの証明。戸籍がなければ、住む場所を見つけるのも、就職先を見つけるのも、携帯を契約するのも困難。この世界には居場所がない――そう思い詰めてしまう無戸籍者は決して少なくはないのだ。

『トリカゴ』(辻堂ゆめ/東京創元社)は、そんな無戸籍という社会問題を中心に据えながら、過去・現在の2つの事件の謎を追う社会派ミステリ。著者は、『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞受賞作『いなくなった私へ』でデビューした辻堂ゆめ氏。本作は、辻堂氏がミステリの老舗である東京創元社とタッグを組み、ミステリに力点を置いて書いたというファン待望の最新作だ。

 主人公は、育休が明けたばかりの、蒲田署強行犯係の刑事・森垣里穂子。彼女は、ある殺人未遂事件の捜査を進める中で、食品工場の古びた倉庫に、無戸籍者が生活する共同体を発見する。「ユートピア」と呼ばれるその共同体では、幼児から中年まで15人の無戸籍の男女が共同生活を送っていた。リーダーは、リョウという27歳ほどの男。そして、その妹、ハナが今回の殺人未遂の容疑者だった。

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 無戸籍者たちの生活が明かされれば明かされるほど、里穂子同様、私たちもその実態に愕然としてしまう。住まいや職に困る彼らのために、食品工場の経営者・叶内は、彼らの住居として工場の倉庫を提供し、仕事も与えてくれたのだという。戸籍がない彼らにとって安心して生活できる場所はここしかない。そのことを知るにつれて、里穂子は、捜査が「ユートピア」を壊すのではないかと葛藤し始めてしまう。

 さらに、そこに、25年前の「鳥籠事件」が絡んでくる。ペットの鳥と一緒に狭い部屋に押し込められて虐待されていた兄妹が児童養護施設に保護された1年後、何者かの手によって連れ去られたまま行方不明になっているという事件だ。捨て子だったというリョウとハナの推定年齢は、この事件で行方不明になった兄妹と合致。2人は「鳥籠事件」の兄妹なのでは。それならば、彼らを誘拐し、「ユートピア」に招いた犯人は誰なのか。里穂子は未解決事件を捜査する特命捜査対策室の羽山圭司に協力を依頼。2人で協力して2つの事件の解決に向けて動き出すことになる。

 羽山は、一見、里穂子とは正反対のように映る。羽山は無戸籍者たちの気持ちなど考えずに、厳しい口調で彼らを追及する一方で、里穂子は彼らの幸せも考えながら、事件の解決を目指していく。だが、羽山も事件解決に向けた思いは同じ。刑事たちの事件解決にかけた情熱、ジワジワと真実に迫っていくさまには手に汗握らされる。

 なぜ25年前の事件で幼い兄妹は誘拐されなければならなかったのか。そして、それは、今回の殺人未遂事件とどうつながるのか。関係のないようにみえる2つの事件が絡まり合い、ひとつの像を結び始めるさまは圧巻だ。さらに、そこには無戸籍というテーマが加わる。無戸籍者をとりまく想像を絶するような現実。それが2つの事件と重なり合うことで、事件が起きてしまった理由がさらに際立ってみえるのだ。その真相が明かされた時、あなたは強い衝撃を受けるに違いない。胸を衝く真実に心震えること間違いなしの衝撃作を、ぜひあなたも読んでみてほしい。

文=アサトーミナミ

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