2度読み必至の衝撃短編集! 痛くて、切なくて、引きずりこまれる……直木賞作家・山本文緒最新作『ばにらさま』

文芸・カルチャー

更新日:2021/10/7

ばにらさま
『ばにらさま』(山本文緒/文藝春秋)

 人間は誰でも心に大きな穴が空いていて、いつだってそれを埋める方法を探し求めている。穴を埋めてくれるものに出会えれば良いのだが、世の中そう甘くはない。だから、私たちは毎日自分自身に「大丈夫」と言い聞かせてどうにか日常をやり過ごすしかないのだろう。本当はちっとも「大丈夫」ではないはずなのに。

『ばにらさま』(文藝春秋)は、そんな危うい毎日を送る人間たちを描き出す短編集。『プラナリア』で直木賞を受賞し、最近では『自転しながら公転する』が島清恋愛文学賞を受賞し、2021年の本屋大賞にもノミネートされた、山本文緒氏の最新作だ。

 夫と娘とともに爪に火をともすような倹約生活を送る「わたしは大丈夫」。余命短い祖母が語る、ヴァイオリンとポーランド人の青年をめぐる若き日の恋「バヨリン心中」。主婦から小説家になった女性の仕事場となるマンションの隣人たちとの日々「20×20」。中学の同級生の葬儀で遺族から形見としてあるものを託される「子供おばさん」…。この物語の登場人物たちは、思い通りにいかない現実の中をもがきながら暮らしている。その姿は痛々しい。だが、その痛々しさに、自分の心が共鳴しているのを感じる。これは私が知っている痛みだ。山本文緒氏の文章はとても繊細なのに心に突き刺さるようかのよう。自分でも触れられたくない本音や痛みに触れられるような気分にさせられる。

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 特に表題作「ばにらさま」には息を飲んだ。主人公の広志は、はじめて彼女ができたごく普通の会社員。同じ会社で働く派遣社員の瑞希が広志に交際を申し込んできたのだ。「ばにらさま」と呼ばれている彼女は、まるでバニラアイスみたいに色が白くて、肌がとっても冷たい。毎週末デートに出かけるのが習慣になってきた2人だが、このままバニラアイスのように甘い恋模様が描かれるわけではない。突如、物語の合間に、日記のような不穏な文章が挟まれるのだ。

「毎日つまんないことで忙しくていやんなる。」

 瑞希の孤独。広志の葛藤。物語の全体像が見えてきた時、目の前に広がっていたバニラアイスの真っ白な甘い世界が反転する。そして、目の前に広がる深い闇に愕然とさせられるのはきっと私だけではないはずだ。

 また、「菓子苑」も衝撃的だ。主人公・舞子は、感情の起伏が激しい胡桃に振り回されてばかりいる。胡桃は23歳、契約社員。些細なことですぐにヒステリーになるし、恋人ができると、恋人を一番に優先して、仕事さえも疎かにしてしまう。そんな不安定な胡桃のことなんて放っておけばいいのに、彼女から「一緒に暮らさない?」と言われた舞子は、不安を感じつつも、2人で暮らす家を探しはじめる。そもそも派手な胡桃と地味な舞子では相性だってよくないだろうに、どうして舞子はこんなにも胡桃のことを気にかけてしまうのか。そう思って読みすすめていくと、突如、驚きの事実が明らかになる。

 この本に収められている作品は、どの短編も二度読み必至。クライマックスに物語世界が一変するような一文が仕掛けられているのだ。たった一文で、自分が思い描いていた世界が崩れ、別の物語が広がり始めることに、驚愕。一体自分はどこで読み間違えたのか、なぜ気づけなかったのかと、何度も何度も読み返さずにはいられなくなってしまう。ミステリーではないのに、秘密が明かされた時のインパクトはまるでミステリー。そして、ホラーではないはずなのに、思わず声を上げてしまいそうになるようなゾクゾク感。とにかく中毒性抜群の、世にも恐ろしい本なのだ。

 痛くて、切なくて、引きずり込まれる。心がヒリヒリするようなこの読後感は他の本では味わえないだろう。あなたも、この本から聞こえてくる叫び声に耳を傾けてほしい。上手くいかない毎日になんでもないフリをして過ごしているすべての人にぴったりの一冊。

文=アサトーミナミ

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