「どんな攻めをもはね返す石垣」と「どんな守りをも打ち破る鉄砲」が戦ったらどうなる? 戦国エンターテインメント小説『塞王の楯』のスゴイところ

文芸・カルチャー

公開日:2021/10/26

塞王の楯
『塞王の楯』(今村翔吾/集英社)

『塞王の楯』(今村翔吾/集英社)は、石垣作りの職人を主人公にした戦国エンターテインメント小説である。

 感想を先に書いてしまうと……とにかく面白かった。4、5時間ある映画を夢中で観続けたかのような満足感と心地よい疲労、爽快感があり、久しぶりに没頭して読んだ歴史小説だった。

 主人公の匡介(きょうすけ)は、幼い頃、落城から逃げる途中で家族を亡くし、源斎に拾われる。源斎は穴太衆(あのうしゅう)という石垣を作る職人集団「飛田屋」のリーダー「塞王」であった。彼のもとで修行を重ね成人した匡介は、後継者に目されるほどの実力をつけていく。

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 匡介の願いは「絶対に破られない楯」として「石垣」を作り、戦をなくすこと。自分のように、戦乱で家族を失う人々を増やしたくないという想いを強く抱いている。

 ある時、匡介ら飛田屋は京極高次が城主の大津城の改修を依頼される。

 大津城は湖畔にたつ水城なのだが、外堀の正面に水がない。そこに水を満たすことができれば、さらに堅固な城になると考えた匡介。しかしそれは「低い所から高い所へ水を運ぶ」ことになり、誰もが不可能だと考えた。そこで匡介が取った秘策は……というのが、物語前半のあらすじ。

 クライマックスでは、匡介によって完全なる水城となった大津城を舞台に、宿年のライバル・彦九郎(げんくろう)との熱い戦いが繰り広げられるのだが……それは本作を読んで頂くとして。

 この記事では、本作の魅力がさらに伝わるよう「スゴイ」所をご紹介しようと思う。

(1)合戦の臨場感がスゴイ!

 どこで、誰が、何が起こっているのか、文章から合戦の状況がありありとイメージできるのがスゴイ。

 歴史小説は、読み手もそれなりの知識がないと読みこなせないことが結構あったりする。しかし、本作はそうではない。それは描写力がスゴイおかげもあるのだが、物語の自然な流れの中で、必要な知識(城の構造や石垣作りに関する専門用語)を事前に説明しておいてくれて、いざ合戦が始まり熱い展開を迎える際、読者がその展開に没頭できるだけの知識が既にある状態になっているという「読みやすさ」、……構成力のスゴさもあると思う。

 また戦いの様子が、ただダイナミックに描写されているだけではなく、それが登場人物たちの信念を反映した行動だからこそ、頭で理解できるだけでなく、感情として読者の心に届くので、一層臨場感を持って読むことができるのだろう。

(2)登場人物が漏れなく魅力的でスゴイ!

 本作には、究極の武器を作り、戦をなくそうとする銃作りの集団「国友衆」の彦九郎が、匡介の敵として立ちはだかる。一度大量に人を殺してその武器の恐怖を知らしめれば、誰も戦をしようと思わなくなるというわけだ。言わば読者としては障害なのだが、彼もまた匡介と同じく戦のない世の中を自らの手で作り上げたいという信念がある。選んだ方法は違うけれど、主人公と同じ想いを抱き、それがゆえに対峙するライバル。魅力的でないわけがない。

 また、匡介の師匠である源斎の生き様もカッコイイし、大津城主として匡介と深く関わる京極高次は、気さくで民の命を一番に考える優しい人柄で、しかしどこか抜けているため「放っておけない殿」として家臣や領民に慕われていたりする。

 登場するキャラクターたち全員が個性的で、信念を持って生きている。魅力的じゃない登場人物を探す方が難しい。

 などなど、まだまだ本作の魅力は語り足りないのだが、後はぜひ、自ら読んで体感してほしい。ラストの大津城合戦で、匡介が造り出す「どんな攻めをもはね返す石垣」と、彦九郎の「どんな守りをも打ち破る鉄砲」の「楯」と「矛」――信念がぶつかり合う戦いは、圧巻。その一言である。

文=雨野裾

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