『貴族探偵』麻耶雄嵩の原点となる「メルカトル鮎」シリーズ10年ぶり最新作! 頭脳明晰で傲岸不遜な探偵が活躍する本格ミステリー

文芸・カルチャー

更新日:2021/11/4

メルカトル悪人狩り
『メルカトル悪人狩り』(麻耶雄嵩/講談社)

 人気アイドルグループ「嵐」のメンバーである相葉雅紀さんが主演したテレビドラマ『貴族探偵』。その原作者である麻耶雄嵩さんの原点ともいえるのがこの「メルカトル鮎」シリーズだ。そして、本書『メルカトル悪人狩り』(講談社)は、シリーズとしては10年ぶりの短編集になる。

 さて、シリーズのタイトルにある「メルカトル鮎」なる珍妙なワード、これは何かというとずばり探偵の名前だ。本名かどうかはわからない(本人は本名だと言っているが)。

 頭脳明晰で傲岸不遜な言動が特徴……というのはミステリーの探偵としては珍しくもない設定だが、出で立ちがタキシードに蝶ネクタイ、家の外でも内でもシルクハットをかぶっているとなると、これはもう際立った変人である。そして、名探偵ではなく「銘探偵」を名乗るのも業界広しといえど彼ひとりだろう。

advertisement

 そんなユニークなキャラクターが登場する上は、起こる事件も一筋縄ではいかない。ミステリーの“お約束”を自由自在に駆使しつつ、最後の最後でスパッと外してくるどんでん返しが待っているのだ。

 たとえば、本シリーズにおけるワトソン役の美袋三条が山で迷子になった末にたどり着いた屋敷で遭遇する殺人事件を描く「水曜日と金曜日が嫌い」では、本格ミステリーの象徴ともいうべき「奇妙な館」が舞台となる。登場するのは妙な名前と生い立ちを持つ人物たち。閉鎖空間ではないが、人里から離れた場所に訳ありの4人が集い、そして死体なき殺人事件が起こるとなればおどろおどろしい長編ミステリーになるのが常道だが、探偵がメルカトル鮎である以上そうはいかない。その神がかった推理力であっという間に謎を解いてしまうからだ。本人曰く“長編には向かない探偵”なのである。

 最後に明かされる真相は、フェアネスを何より尊ぶミステリーファンなら「そんなのあり!?」と叫ぶかもしれないが、麻耶ワールドにおいては全然「あり」だ。

 なぜなら、麻耶作品はミステリーをテーマとする巨大なテーマパークのようなものなのだから。

 19世紀半ばに生まれたミステリー小説は、20世紀前半までにはジャンルとして一通りのパターンが出揃ったとされている。結果、ミステリー小説をミステリー小説たらしめる各種約束事が成立したわけだが、そうなると当然そこからの逸脱を狙う作品が登場してくる。一般的にアンチ・ミステリーと呼ばれるこれら作品で培われた手法の上に、麻耶作品は立っている。今回だと、巻末の「メルカトル式捜査法」がアンチ・ミステリー色のもっとも濃い作品だろう。

 話中のメルカトル鮎は、彼らしからぬ凡ミスをいくつも犯す。表向きの理由は過労だが、暗に語られる真の理由は……。これはもう実際に読んで確かめてもらいたい。

 本作はミステリー初心者向け、とは決していえない。だが、ミステリーに慣れ始めたばかりの読者にはまったく新しい世界を見せてくれること間違いない。ミステリーとはこんなもの、という固定観念を覆したい向きには特に強くおすすめしたい。

文=門賀美央子

あわせて読みたい