ホラーが苦手でもハマれる最恐漫画『青野くんに触りたいから死にたい』が持つ、幾重にも折り重なった魅力

マンガ

公開日:2021/11/3

青野くんに触りたいから死にたい
『青野くんに触りたいから死にたい』(椎名うみ/講談社)

『月刊アフタヌーン』で連載中の漫画『青野くんに触りたいから死にたい』(椎名うみ/講談社)。本作は、公式サイト「モアイ」に第1話が公開されると、瞬く間に30万PVを突破するなど、連載当初から注目された作品。2022年春にはWOWOWでドラマ化が決定するなど、連載開始から5年近くが経つ今も、人気が高まり続けている。

 高校生の刈谷優里は、人生で初めて彼氏ができる。しかしその彼氏・青野龍平は、付き合って2週間で死んでしまう。後を追おうとする優里の前に、青野は幽霊となって出現。以降、優里は幽霊の青野との仲を深めていく。ある日、優里は「青野は憑依ができるのか」という疑問をふと口にする。続けて述べた「わたしで試してみる?」という一言をきっかけに、普段の青野とは雰囲気の異なる、“黒青野”が出現する。以降、不穏な出来事がたびたび起こるようになり、ついには第三者に危害が及んでしまう――。

 そんなストーリーが展開する『青野くん』の魅力を、3つのポイントに分けてご紹介したい。

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ジャパニーズホラーの真髄 違和感が生み出す恐怖

 ホラー漫画におけるグロテスクな描写、次々と人が死んでいってしまう設定……。恐怖を感じる設定はさまざまだが、本作にはそのような描写は出てこない。ただ“黒青野”は普段の青野と比べて、瞳が空洞のように黒かったり、微妙に髪の毛が長かったりするだけ。しかしその“黒青野”が薄ら笑いを浮かべたり、舌足らずな言葉で畳みかけるようにしゃべったりする描写は、ページをめくった瞬間、自分の時が止まって異世界に連れていかれるような恐怖に変貌する。物語の展開や、読者の不意をついて飛び出すタイミングで、少しの違和感を恐怖へと増幅させる。日本的なホラーの怖さを体感させてくれる作品だ。

恐怖を解明する

 本作では、作中で起こる恐怖を呼ぶ体験や心霊現象を、ただ“怖い”だけで片付けない。青野や、物語中盤から登場する他の霊について、“彼らはなぜ出てきたのか”の理由を探っていく。「ホラーの世界には必ずルールがある」とする同級生らとともに、優里は生きている人間だけでなく、霊をも救うため、考え、戦い続ける。民俗学や世界の成り立ちにまで及ぶ考察をもとに謎に迫るストーリーも、本作の魅力のひとつ。特に青野出現の謎、黒青野と青野&優里の関係には、未だに回収されていないと思われる伏線も多い。その真相について考察していくうちに、ホラーが苦手でもこの作品に夢中になっていってしまうのだ。

『青野くん』にとって、「ホラー」とはひとつのパッケージでしかない

 ここまでホラーについて述べてきたが、この作品はホラー漫画ではない。厳密に言うと、要素がホラーだけではないし、主軸がホラーでもないのだ。友達もおらず、家族からも直球の愛を受けてこず、言葉を一言交わしただけで青野くんを好きになってしまった、人との距離がうまく掴めない主人公・優里。そんな彼女が、幽霊の青野くんを通して彼と、そして周囲の人間と深く関わり始める。そこで優里が人を愛することの難しさを知り、自分を大切にすることの重要性に気づく物語なのである。

 作中で描かれる感情の量が膨大で、しかもそのどれもが繊細な本作。一方で、作品の論理は明確で、すっきりとまとまっている。だからこそ、この物語では、難解さと誰にでも楽しめる娯楽性という、一見相反する要素が両立している。青野と優里がどういう結末を迎えるのか、作者が本当に伝えたいことはなんなのか。最後まで見届けたい。

文=原智香

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