「1件40円、本日250件、10年勤めてクビになりました」電気メーター検針員の多難な日常

マンガ

公開日:2021/11/17

1件40円、本日250件、10年勤めてクビになりました――メーター検針員テゲテゲ漫画日記
『1件40円、本日250件、10年勤めてクビになりました――メーター検針員テゲテゲ漫画日記』(古泉智浩,川島徹/フォレスト出版)

 音楽関係の仕事を多くしていた頃、売れないバンドマンと頻繁に酒を飲んでいた。今でも覚えているが、彼らの多くが、電気メーターの検針員をしていた。そして、『1件40円、本日250件、10年勤めてクビになりました――メーター検針員テゲテゲ漫画日記』(フォレスト出版)を読んで、唖然とした。彼らがこんな劣悪な条件下で働いていたなんて……。

 本書は電気メーターの検針員だった川島徹氏が、その実情と現実を綴った『メーター検針員テゲテゲ日記』(フォレスト出版)を、古泉智浩氏が漫画化したもの。検針員という仕事がいかに辛く苦しいか、その実態が詳らかにされている。主人公の男性は東京の外資系企業で働いていたが、かねてからの夢だった作家を目指して退職。実家のある鹿児島へ戻ったものの、どうやって糊口をしのぐか熟慮して、検針員の仕事に就く。

 主人公が就いた検針員の仕事は、超巨大企業「Q電」の下請け会社の委託業務員。主人公は会社の面接で、あなたは一国一城の主、個人事業主で社長でもあると言われる。働けば働いただけ、利益が増えるということだろう。卑近な例だと、ウーバーイーツの配達員と労働条件が近いかもしれない。

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 だが、そんなうまい話があるわけもない。まず、賃金は1件検針するごとに40円、つまり1日せいぜい250件で1万円。ガソリン代や電話代は完全に自腹である。確かに個人事業主だが、計測機器を盗まれた人がいると連帯責任をとらされる、なんて理不尽なこともある。

 検針員が転げ落ちて大怪我をしても、会社からの補償などあるわけがない。実際に、バイクでの移動中に事故に遭い、亡くなった検針員に対して会社は何もしてくれない。自己責任、ということだろう。読んでいて暗澹たる気持ちになってくる。

 検針は悪天候の日でも敢行される。豪雨と台風の真っ最中にバイクで検針に向かうなど、常に死と隣り合わせの仕事だという。メーターが目視できないほど高いところにある際は、おそるおそる脚立に乗って検針を行うそうだ。犬に吠えられ、噛まれたことは一度二度じゃないともいう。

 雨や風は検針員の天敵。天気が悪いとメーターが曇ってよく見えない。望遠鏡を使ってもライトで照らしても、数字が判別しづらいことが多く、最悪、直感に頼るしかない。無論、誤検針が続くとペナルティーとなり、10回を超えるとクビになるそうだ。

 ただ、徹頭徹尾、絶望的な状況が描かれるわけではない。穏やかなご老人にお茶とお菓子を供されることもあるし、「お疲れ様」と声をかけてくれる人も少なくないらしい。エピソードのほとんどがネガティヴだからこそ、こうしたシーンにはほっこりさせられる。

 そして、漫画家の古泉智浩氏の滋味に富む絵がすこぶる良い。朴訥としたタッチは味わい深く、ともすれば悲壮感を漂わせそうな検針員たちの頑張りを、そっと後押ししているようだ。どんなに暗い場面でも、検針員たちの誠実さや生真面目さが伝わってくるのは、古泉氏のイラストがあるからだ。

『青春☆金属バット』『ライフ・イズ・デッド』『死んだ目をした少年』『チェリーボーイズ』といった作品が映画化されている彼の漫画は、うだつのあがらない青年を描かせたら当代随一。漫画化にあたって氏を起用したのは大正解だったと思う。

 なお、先述した本書の原作『メーター検針員 テゲテゲ日記』(フォレスト出版)は、さらに過酷な現実がつぶさに活写されており、漫画には出てこない挿話も多数ある。本書を読んで原作にあたれば、こんなケースもあったのか!? と楽しめるはず。

 一方本書は、原作から古泉氏がいくつかのエピソードをピックアップしているが、このチョイスが的確かつ精確。検針員の仕事ぶりが鮮明に伝わるように、象徴的な場面を選んで描いており、漫画でしかできないことに挑戦している。漫画から原作へ、あるいは原作から漫画へ。どちらのルートでも、検針員たちの実体験の重みが伝わってくるという点では変わらないだろう。

文=土佐有明

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