統合失調症に悩む『人間仮免中』の作者、20代の原点。精神科病院入院生活の裏側

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公開日:2021/11/19

*本記事にはセンシティブな内容が含まれます。

鬱くしき人々のうた 実録・閉鎖病棟
『鬱くしき人々のうた 実録・閉鎖病棟』(卯月妙子/太田出版)

 漫画家の卯月妙子氏が2012年に上梓した『人間仮免中』(イースト・プレス)は、10代で統合失調症を発症した著者の自伝的作品だった。同書は『本の雑誌』の2012年度ベストテン第1位、『2012年コレ読んで漫画ランキングBEST50』で第4位を獲得するなど、様々なランキングで上位に選ばれた。

『人間仮免中』は著者の凄絶な半生を記した本である。夫の会社が倒産し、借金を抱えた著者は返済のためにAV女優、ホステス、SMストリッパー等として働いた。だが、夫は投身自殺し、植物状態になってしまう。卯月氏はそれが原因で統合失調症を再発し、04年にはストリップ劇場のステージ上で首を切ってしまったのだ…。

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 そんな卯月氏の新刊『鬱くしき人々のうた 実録・閉鎖病棟』(太田出版)は、『人間仮免中』以前の20代の頃を振り返ったエッセイ風コミック。主に精神科病院に入院していた頃の実体験がベースとなっている。

 著者が病棟で出会うのは、ひとクセもふたクセもある患者たち。雑巾を持っていると妄想しながら手のひらで窓を拭く女性、暴力団新法によりリストラされてしまったヤクザなど、登場人物はかなり個性が強い。

 中でも、〈出来杉太郎と出来杉直子は恋愛結婚だ~〉と、何故か突然『ドラえもん』をネタにした歌を歌いだし、一緒に歌うことを著者に強要してくるシーンには不覚にも笑ってしまった。

 もちろん、ほっとするエピソードもいくつかある。特に、油絵を描くのがストレス発散になったという著者は、その絵を周囲から絶賛される。中でもゴッホの絵を模写した作品は、患者たちの目を惹いた。また、夕食後に銀蔵というおじいさんと一緒に、浪曲のカセットを聴くのも楽しみだったらしい。

 文字だけだったらさぞかし重い作品になっていただろう。だが、その絵柄は味わい深くてチャーミングであり、時に可笑しみを誘う。深刻で悲惨な話も、ちょっとトボけた絵と組み合わされると、ユーモラスであっけらかんとした印象を受けるのだ。

 もちろん、シャレにならないエピソードもあるが、そうしたエピソードさえも、一歩引いた目で面白おかしく綴る。著者は自身の奇行を客観的に俯瞰し、笑い飛ばしているようにも見えるのだ。優しい看護師から自分の病状について仔細を教わりながら〈面白い…!!ネタになるかも……!!〉と考えるなど、この話は創作に活かせる、としたたかな面も見せる。

 統合失調症は数ある精神疾患の中でももっとも重い病のひとつで、幻覚や妄想に襲われるなどの症状がある。著者もまた、電話線を抜いても電話が鳴り続け、近所の猫に盗聴器を仕掛けられているという妄想に悩まされる。

 なお、あとがきにもあるように、統合失調症の罹患率は100人にひとり。特殊な人の特殊な体験を描いたように見える本書だが、そうやすやすと他人ごととしては片付けられない。なお、同傾向の作品として、吾妻ひでお氏の自伝的コミック『うつうつひでお日記』(KADOKAWA)、芥川賞候補となった松尾スズキ氏の『クワイエットルームへようこそ』(文藝春秋)など多数ある。それらと比べながら同書を読むとまた、統合失調症の様々な側面を知ることができるだろう。

文=土佐有明

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