主人公の洋平、「新しい性」を持つ慧、幼なじみの結衣……三角関係が変わっていく『おかえりアリス』3巻

マンガ

公開日:2021/11/18

おかえりアリス3
『おかえりアリス』3巻(押見修造/講談社)

 すべての人間を、「男」と「女」、ふたつの性で分けることはできない。漫画『おかえりアリス』(押見修造/講談社)を読みながら、今や当たり前とされている事実に実感が伴ってきた。

『漂流ネットカフェ』『惡の華』、そして「ビッグコミックスペリオール」で連載中の『血の轍』。数々の名作漫画を発表している漫画家・押見修造さんは、黒を基調とした世界観を作り、その中で独自の物語を紡ぐ。

『おかえりアリス』がこれまでの作品と異なるのは、黒と対比するかのように光のような「白さ」が描かれていることだ。メインの登場人物三人の瑞々しさそのもののように。

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 本作の主人公の洋平は、高1の少年だ。性の目覚めのただ中にいる。彼は幼なじみの結衣がずっと好きだが、久々に再会した親友の慧に翻弄されてもいた。中1の頃、自分と同じ少年の姿だった慧は、2年経ち美しい少女のようないでたちで洋平と結衣の前に現れた。

 しかし慧は女性になったつもりはない。男でもないし、女でもない…慧は自分のことを、新しい性を持っていると言う。定義づけのできない存在なのだ。

 結衣は結衣で、ずっと男としての慧に恋をしていた。中1で告白もしている。つまりこの三人は三角関係なのだ。

 結衣は「男」を捨てたと述べる慧に衝撃を受け、自分を好きになってくれた洋平とつきあうようになる。有頂天になる洋平だが、結衣はひとつ条件を出す。慧に近づかないで自分だけを見ることだ。

 結衣は何を考えているのか。そしてほとんど表情の変わらない慧の心情もよくわからない。

 3巻の大きな特徴は、そんな二人の心情が繊細な描写で解き明かされていくことだ。

 例えば、つきあってから1か月後、キスをしようとした洋平を結衣は拒否する。中1で結衣は慧とキスをした。それを目撃していた洋平は、慧とはキスできたのに自分とはできないんだと打ちのめされる。

 結衣の行動は極端だ。キスは拒否したのに、洋平と慧が再び接近していることを知ると、洋平を家に呼びベッドに誘う。洋平は夢の中で、何度も結衣と性的な行為をしていた。しかしいざとなるとセックスできない。洋平も結衣もその事実にショックを受ける。

 ここで結衣の複雑な気持ちが露になる。

“私なんて何の魅力も無いんだ…
価値が…無いんだ”

 ずっと好きだった慧が、男をやめてしまい、洋平にばかりちょっかいを出す。「自分が結衣だったら」と想像すれば、どれほどショックを受けたかわかるだろう。結衣は混乱していて、だからこそ突飛なふるまいをしてしまったのだ。洋平を追い出した後、結衣は泣きながら自己嫌悪に陥る。

 慧が洋平を気にする理由も、3巻で明確になっていく。見どころは、慧のことを女の代わりのように扱う先輩に洋平が怒る場面だ。ふだん表情のあまり変わらない慧が嬉しそうに微笑む。読者もまた、慧がなぜ洋平にちょっかいを出すのかわかってくる。

 主人公の洋平は、結衣の家からの帰り道、偶然慧に会う。慧は洋平と結衣の間に何があったのか知らない。だが、いつもとは違う様子の洋平に対してこう言う。

“洋ちゃんは 洋ちゃんでしょ
自分のことを笑わないで
気持ちを閉じ込めないで”

「自分に価値がない」と感じることはとても怖い。誰もが持っている感情だ。

 洋平、慧、結衣。

 3巻でようやく、三人と、読者である自分を重ね合わせることができた。

『おかえりアリス』の単行本巻末には、押見修造さんの描きおろし漫画がある。そこには押見さんの体験が描かれている。読むと、どのようないきさつで押見さんが『おかえりアリス』を描こうと思ったのかがわかり、本作の味わいが増す。

 変化していく10代半ばの三人の関係。いったいどこに行きつくのだろうか。

文=若林理央

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