桑田佳祐『ポップス歌手の耐えられない軽さ』全432ページの真相――“創作意欲が全く湧かない”時期からの「一生音楽人宣言」

エンタメ

公開日:2021/11/18

ポップス歌手の耐えられない軽さ
『ポップス歌手の耐えられない軽さ』(桑田佳祐/文藝春秋)

 何かを表現するアーティストの紡ぐ言葉というのは面白い。音楽やアートなど五感に訴えてくる彼らの表現の裏にはどんな世界があるのか、本人の言葉だからこそ「理解」できたり、新しい「発見」があったりするからだ。このほど登場した『ポップス歌手の耐えられない軽さ』(桑田佳祐/文藝春秋)もそんな一冊。著者の桑田佳祐さんは言わずと知れたサザンオールスターズのリーダーであり日本を代表するポップス歌手。本書は、桑田さんが2020年1月から約1年半にわたって『週刊文春』で連載してきたエッセイ66本を加筆修正してまとめたというものだ。

 連載は「頭もアソコも元気なうちに、言いたいことを言っておきたい!」と開始されただけに(その言い回しがなんと桑田さんっぽい)、これまでは音楽のこと以外はほとんど語ってこなかったという桑田さんが「言葉として残しておきたかったこと」をさまざまに取り上げている。

故郷・茅ヶ崎への思い、少年時代や家族のこと、サザンが結成された青山学院時代の思い出など「原点」の話や、プロレスや映画、ボウリングなど「好きなもの」の話、そしてもちろん「音楽」について(ビートルズやクラプトン、ディランらへの畏敬の念や内田裕也、沢田研二、尾崎紀世彦など敬愛する日本のミュージシャンたちの話だけでなく、色っぽい歌姫について考えたり、音楽制作の舞台裏を語ったり…)。時には自主規制がはびこる日本の現状を憂いてみたり、60代となってからの思いを綴ったりと、エロ好きも隠さない軽妙な語り口とセルフツッコミのおとぼけ感も妙味となる「天衣無縫の桑田節」が炸裂する。

advertisement

 実は連載開始からほどなくコロナ禍が起こり、それまで精力的にライブを行なっていた桑田さんも巣ごもりの日々を余儀なくされた――結果的にそんな状況下で綴られたエッセイは「コロナ禍で音楽家は何を考えたのか」についての貴重な記録でもある。「実はアタシ、このところ創作意欲なんて全く湧かなくて(泣)。『告白』するわけじゃないけど、自分で“無から有をうむ”自信とか気概を、一時期完全に失っていた」という本音に驚くが、あの時は桑田さんと同じような気持ちに陥ったアーティストも少なくないのではないだろうか。

 だが、そんな桑田さんは今年5月に「音楽活動に専念する」との理由で連載を終了。本書にも裏話が記された無観客ライブ、Blue Note Tokyoでのソロライブを経て、音楽への動機はよりシンプルに強くなり、本書の最終章では「アタシはこの先何があっても、音楽を辞めないだろう」と高らかに「おそらく、一生音楽人宣言」をされている。

 実はこの桑田さんの未来への決意には、コロナの時間にこのエッセイを書いたことも影響しているという。原由子さんによる「あとがき」(タイトルは「女房の日記」)によれば、連載執筆に取り組む桑田さんは「音楽に関しては夜も眠れない程全身全霊で取り組む夫だが、文春の連載にも全身全霊を懸けてるみたいだ」ったとのこと。コロナの自粛生活は多くの人に「自分のこと」を見つめ直す時間を与えたが、桑田さんも同様だったのかもしれない。むしろコロナで時間ができた分、連載執筆に当初の予想を上回る「熱量」がかけられた可能性もあり、それが結果的に未来への原動力に――。本書はそんな桑田さんの精神の軌跡も目撃できる一冊なのだ。

文=荒井理恵

あわせて読みたい