「刑務所に入りたかった」新幹線無差別殺傷事件の犯人・小島一朗の理解不能な動機に迫る驚愕のルポ

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更新日:2021/11/25

*この記事は不快感を伴う表現を含みます。ご了承の上、お読みください。

夜が明ける
『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯 小島一朗の実像』(インベカヲリ☆/KADOKAWA)

 2018年6月9日、新大阪行き最終の新幹線の車内で、男女3人が襲われ、2名が重軽傷、1名の男性が死亡した無差別殺傷事件が発生した。犯人は小島一朗(当時22歳)。一審で被害者女性に対しては「殺し損ないました」、殺害された男性に対しては「見事に殺し切りました」、さらに「有期刑になれば、出所してまた人を殺します」とまで言い放った彼の動機は「刑務所に入りたかった」「無期懲役を狙った」というもの。思惑通り無期懲役が言い渡されたときには、「ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」と法廷で大声で万歳三唱したといい、その異常な言動には理解不能を超えた不気味さすらあった。

 こうした常軌を逸した犯罪の前ではひたすら途方に暮れてしまうが、それでも「なぜ、そんなことが起きてしまったのか」は、やはり気になるし、気にしておきたい。このほど出版された写真家のインベカヲリ☆さんによる『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯 小島一朗の実像』(KADOKAWA)は、犯人の小島とはどんな人物なのか、なぜあんなことをしたのか、獄中にいる本人との手紙や面会のやりとりや家族への取材を重ね、裁判では見えてこなかった小島の実像に迫る興味深い一冊だ。

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 著者のインベさんは、それまで「人の心」をテーマにして現代に生きる女性たちを被写体に写真を撮ってきた写真家だ。撮影前には長いインタビューを行い、これまでどんな人生を送ってきたのか、何を思考し、どんな感情を持ったのかを聞き取り、それを作品に落とし込んできたという。そんなインベさんは裁判での小島の奇妙な言動に関心を持ち、たとえ無差別殺人犯でも「語る言葉」を持っているのではないか、話を聞いて掘り下げることで見えてくる「本当の動機」があるのではないかと、獄中の小島に手紙を書いたのだという。

 そして始まった小島とのやりとり――。膨大な手紙、神経をつかう面会の様子が本書には詳しく記されるが、その根気にはほとほと頭が下がる。正直なところ、彼の発言は大半が自分勝手で理解不能、こうしてまとめられた「本」で追っても頭が混乱してくるからだ。実はインベさんもかなり戸惑い「これ以上は意味がないのでは?」と何度も迷ったというが、それでも彼を可愛がった母方の祖母、実母と家族にも取材を重ねて実像に迫り、タイトルにある「家族不適応」という小島の状態を浮かび上がらせた。

 彼の生育環境は、問題がないわけではないが「特殊」というほどのものでもない。共働きしていた両親の都合で3歳まで母方の実家(愛知県岡崎市)の「岡崎の家」で過ごしたが、その後は父方の一宮市に引っ越し。両親は忙しく育児はもっぱら父方の祖母が担当し、「お前は岡崎の子だ。岡崎に帰れ」と小島をいじめた。その結果、小島の中では「岡崎の家」=「本来、自分が住むべき理想郷」との思いが極端に強くなっていき、岡崎には戻ったものの、この理想が本当には手に入らない(叔父に追い出されるなど)ことが、彼の心を不安定にしていく――。

 そして最終的には「理想の家」を国家であり刑務所に求めた小島。刑務所は絶対的に「自分の命を守ってくれる幸せな場所」だとする彼の理屈は理解しがたいが、それでもインベさんが過ごした小島との時間を追体験することで、少しわかってくることもあるだろう。「不条理を知る」ことには意味がある――うまく言葉にはできないままでも、心はズシリと反応するに違いない一冊だ。

文=荒井理恵

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